第20話

「いっそ協力してお二人共が王太子から逃れられるようにすれば良いのに……」

「未来を確実に変化させ、かつ手間がかからない上に最短であれば、それを選ぶでしょう」


 ポピーの言葉にアイビーも反論する。この二人は異分子的な存在となっているが、実際変化が起こる未来とそうでないものの違いが分からない以上、下手に手を打っている間に取り返しのつかない事になる可能性もあるのだ。


「時間があればそれも……?リズの事業だって、ある意味で設定から離れたわよね」

「カローラ様がそう仰るのであれば少しは思案致しましょう」


 カローラがポツリとそう呟くと、アイビーは頭を下げ、すぐに返答した。本当にカローラの意見は汲むのだな……と思ったのは私だけではなかったようで、ポピーも呆れたように息を吐いていた。まぁ仕えている者としたら当然なのかもしれないけれど……あのアイビーだよ……。

 とりあえず要検討あたりになっただけはマシなのかもしれないと思う事にした。






 そして後日。

 どこで見つけたか分からないけれど、大量の生クリームがシャルルの名前で届く事になった。

 しかし賞味期限の問題もあるのだが……ちゃんとセドリックが作っただろう魔道具で冷やされて送られてくる辺りは流石だと思うのだけれど、相手が相手だ。


「……全部荷物を調べて……」

「使用人も一度見直しした方が良いと進言した方が良いかもしれない……」


 私の言葉に、ポピーも頭を押さえながら呟いた。

 どこで見られているか分からないし、弱みとなるものを握られたら終わる。というか私に興味を持たれていた場合、逃げるに逃げられないのだとは思うけれど……。


「ポピー……一緒に逃げよう……」

「捕まる気しかしない」


 現実逃避の言葉……いやもう私的に九割は本気なのだけれど、返ってきたポピーの言葉に肩を落とした。

 うん、私もそう思うよ……と言ってしまったら負けを認めてしまうようで口には出さなかったけれど。


 生クリームに罪はない。

 という事で調子に乗って生チョコを筆頭に様々なチョコをパティシエ達と作り、カローラに報告しただけなのに……。世界は違えども“壁に耳あり障子に目あり”とは、よく言ったものだと思う。

 見事にフェリクス王太子が護衛のジルベールを率いながら、魔術師団長セドリックと宰相補佐シャルルまで、カローラにくっついて新作チョコを試食しにやってきたりしたのだ。

 どこで監視されてるの……と、カローラが真っ青な顔をして呟いていた事もある程だ。そして現在は……。


「どうしてこうなった」

「私も緊張で……」

「大丈夫、私に任せなさい」


 緊張して真っ白になっていると両親は思っているのだろう。母も元々貴族という訳でもなく、緊張で震えているのを父が肩を抱いて慰めていた。

 私は私で、そうじゃない!と叫びたいのを抑えながら、ポピーの手を握り締めて必死に自我を保っていたのだが、父がそれを見て少し眉を顰めていた。


 今日は十三歳になった私の誕生パーティが行われるのだけれど、問題は場所だった。

 噂が噂を呼び、どんどん有名となっていったチョコは王都で知らない人は居ない程となるが、その生産量や輸送の問題で稀少性もあり、話題だけは事欠かない程となったのだ。

 挙句、王太子もカローラにくっついて私の邸にまで来る為、王太子ご愛顧!?という名目まで付いてしまえば、陛下の耳にも届くわけで……。


「まさか王城で誕生パーティとは……」

「辺境の方まで高位貴族の方々が何名も来るわけにはいかないからね」


 まさかの場所提供されてしまったのだ。

 カローラだけが来るなら問題はなかったのだけれど。以前のようにエスコートしに王太子がくっついてくる、とか言うだけでもなく。

 セドリックやシャルルまでも招待状をよこせと言い出し、挙句にチョコを食べたいと言う公爵や侯爵の家までもがご令嬢の誕生パーティに是非とまで言い出したのだ。

 チョコがトッピングされたクッキー程度ならまだしも、生チョコなんて高位貴族だからという理由だけで口に出来るわけでもない。一度食べたら話題に事欠かないだろう。何このSNSで有名!となったら一度食べないと!っていう心理的なものは。某写真投稿サイトで次々とアップされては宣伝効果があるような……はい、そういう私も、そういうのに飛びついてた口なんだけどね。カローラは喪女だったから腐ったイラストとかしか興味なかったわー!とか言ってたけど。


「とりあえず生チョコに注目してもらおう」


 何人かもショコラティエを連れてきて、今日のパーティで生チョコを出してもらう事になっている為、出来るだけ私ではなく、父と生チョコに意識を向けてもらいたいと心の中で強く願った。







 貴族というものは本当に面倒臭い。サラリーマンの営業活動かと思える程、挨拶に時間がかかる。と言っても、お互いに何かを売り込みするという訳ではないので話す内容はサラっとしていたが、やはり顔を覚えたりするのはお互いの為になるのでしっかりと挨拶をしなくてはいけないわけだが……無理。

 スマホという便利な機械が側にあったからこそ無理。昔の人は電話番号とかも全部覚えていたとか……そもそもの記憶力というか脳の活性部分の意味では、あの世界を生きていた私にとって、現状これだけを瞬時に記憶するなんて無理だ。

 平民時代だって、日々の生活を考えていただけだ。と考えると、この世界を生き抜いているカローラって凄いのでは……?と思ったが、そもそも腐った活動の為に色んな情報を蓄えていたカローラであれば、そこまで問題なさそうだ、なんて思ってしまう。


「リズ嬢。久しぶり」

「リデウル男爵、こちらが夫人と娘か」

「陛下。ご無沙汰しております」


 王太子と護衛についているのだろうジルベール、そして王太子に似た風貌で豪華な衣装に身をまとっている男性がこちらに向かってきた。というと、父の言う陛下というのはこの方か……と思いカーテシーをして迎える。

 頭を上げて良いと言われたので上げると、王太子にエスコートされているカローラが怖いくらいに無表情なのが気になったけれど、私に出来る事はない。ごめんよ!カローラの背後に控えているアイビーの目つきが怖いけどね!


「リズ嬢!生チョコ美味しいね!」

「お久しぶりです」


 セドリックは生チョコタワーかと思われる程、皿に生チョコを沢山載せて、シャルルと共にこちらへやってきた。何だろう、この関わりたくない人間大集合した嫌な集団は。あと一人揃えば勢ぞろいじゃないか。なんて考えたのが悪かったんだろう。


「フェリクス、陛下。こちらがルデウル男爵一家でしょうか」


 その声に、条件反射的に逃げようとした私とカローラだったが、逃亡ならず。

 私は、私を紹介しようとした父に腰を掴まれ引き寄せられ、カローラは王太子がエスコートしていた為か、手が離れそうになったカローラの手に自分の手を被せて、どうした?なんて声をかけていた。


「初めまして。クロヴィス・アシャールです」

「貴方が王太子殿下の従兄弟で、若くして公爵となられた!」


 父の目が輝くけれど、私とカローラは血の気が失せた顔をして、全身は目に見えて分かる程に震えている。相手の顔をまともに見る事も出来ない。というか怯えていてはいけないのは理解出来る。それこそゲームの通りに進む事になってしまうのだから。でも……。


 ――こいつは本当に最悪な攻略対象者なのだ――


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