第21話

「このチョコというのは面白い。甘いものから苦いものまで。それに色々なものにも合わせやすい」

「ありがとうございます」


 クロヴィスの言葉に頭は下げたまま返事をする。震えて怯えているのがバレないようにしなければ。

 カローラは大丈夫だろうかとチラリとカローラの方へ視線を向けると、アイビーがクロヴィスの視界からカローラが遮られるように上手く立っている。王太子が密かに面白がっているような目をしているのは気のせいだろうか。


「……リズ嬢?顔を上げてもらえるかい?」


 ピクリと肩が震えるのを止められなかった。怯えてはいけない。この人は“まだ”何もしていないのだから。そう自分自身に言い聞かせて顔をあげる。


「……顔色が悪いようだが?」

「本当だな。リズ嬢、大丈夫か?」


 眉を顰めながらクロヴィスがそう言うと、陛下も私の顔色に気がついたのか心配そうに声をかけてくれる。王太子はアイビーを見つめて、ジルベールは相変わらず我関せず。セドリックはチョコに夢中だし、シャルルは私を見つめている。

 何このカオス。色んな方向に意識を向けたいが、とりあえず絶対回避したいのは目の前にいるクロヴィスだ。


「少し……いえ、本当はかなり緊張して震えて、今にも意識を失いそうなだけです」

「リズが?」


 セドリックが面白そうにそう言うけれど、むしろ緊張のせいにしておきたいんだ!嘘ではないし。

 いくら年齢を重ねていたと言っても、おしゃべり大好きOLで、人間関係騙し合いだの顔色伺いだの、そこまでしていたわけでもない。同期とキャッキャ笑い合って、仕事の時間はパソコンに向き合って、上司にお茶出してご機嫌伺いする程度だ!狭い人脈舐めるなよ!


「あら……私もなの……少し体調が良くなくて……一緒に休憩室へ向かいますか?ご案内致しますわ」


 アイビーに促されたのか、カローラも病弱を全面に押し出してそう言うと、王太子は不愉快そうな表情をしたが、陛下は見定めるような表情を一瞬だけカローラに向けた。

 私としては願ったり叶ったりの逃走だったので、お願いしますと返事をして、二人して場にいる皆に挨拶をして休憩室へ向かった。


「うわ。豪華」

「王太子の婚約者ですから」


 部屋に入ると一面キラキラとしていて、目が潰れるかと思った。デコか!某キラキラストーンのデコがそこら中に飾られているのか!と思えて仕方がない。

 そんな中でもカローラはソファに腰掛けて、背もたれに体重を預けた。私はお構いなしにベッドへダイブする。

 いつの間にか呼ばれたのかポピーが、はしたない、と声を出したが気にしない。

 執事と従者の違いだろうか。ポピーは会場に入る事が許されないのだ。そう思うと、こういう会場に足を運ぶのは最後にしたいと思えてしまう。


「一生会う事なく終わりたかった……」

「カローラ様には以後関わりを持って欲しくはありませんね」

「リズも気をつけてね」

「ルート突入したら人生終了案件……」


 背もたれに体重を預けたまま、手で顔を覆っているカローラは、本当に怯えている。私だって人生終わらせる気はない……せめて前世以上に生きたいんだ。

 どこから取り出したか、ポピーがノートを取り出した。場所が場所だけに何かあった場合にメモする為に用意していたと。


「念のために詳しく情報共有しましょう」


 ポピーのその言葉に、皆が静かに頷いた。


 クロヴィス・アシャール公爵。

 母が王妹だった為に、フェリクス王太子の従兄弟となる。両親が馬車の事故で早くに他界した為、十歳という若さで公爵の地位についた。

 一応後見には陛下がなっているが、幼い頃からずっと褒められる事しかない程に優秀だった為、そのまま公爵として収まっている。

 怒られる事は皆無だったが、それ故に歪んだというか、本性を曝け出す事はない。何をすれば褒められて、何をすると怒られるのか本能的に感じ取っているのか、口にするのは表面的な事ばかりだからこそ、内面はドロドロとしている。

 その闇は猟奇的というか……気に入った相手は内面すら――その内臓すらも包み隠さず全部見せてと思う程に病んでいる。


「私リョナは無理なのよ……」

「リョナって何?」


 頭を抑えて項垂れながら謎の言葉を放つカローラに、思わず問いかけるも、嫌そうな顔をして説明したくないと顔を背けられた。けれど、きっと……多分、そういう意味なのだろうな、なんて頭のどこかでは理解する。

 そもそも隠しルートではないと思うけれど、この公爵だけは学園で会うわけではない為かルートに乗るのが大変だったと、どこかのサイトで見た事はあるけれど、攻略内容を見て絶句した私は本文を一切読む事はしなかった。

 見事なスチルを堪能しただけで終わったのだ……あんなルートなのに、血なまぐささを一切感じさせなかったスチルは本当に凄い。


 そもそもヒロインとの出会いは夜会で、父から紹介されて知り合うのだ。その夜会に出る条件を揃えるのが大変なわけだ。

 元平民で貴族になったというヒロインに興味を持ちながら声をかけるも、怯えまくるヒロインに疑問を抱きつつ緊張しているのだろうと思っていたが、学園でも会うようになると常に過剰という程に怯えるヒロインに反応を楽しむかのように声をかけるようになるのだ。

 そしてヒロインが怯える理由を伝える。


 ――公爵の、その作られた笑顔が怖いと――


 自分が被っている仮面を見破られた事に驚いた公爵だが、ならば素の自分を見せようと思い、ヒロインにもそれを望む。

 そして、自由奔放で平民らしく楽しそうな姿を見せるヒロインとは対照的に公爵の素は……褒められる行為を止める事なわけで……ヒロインを落とすような言葉を投げかける。

 相手の表情も何もかもを気にせず、心を傷つけ、更には身体をも傷つけ……思った事を口にしては全てを否定して、ヒロインはズタズタにされるも逃げる事が出来ないように婚約者となる。

 公爵家と男爵家。しかも王族の血が入っている為に身分違いも甚だしいが、公爵からの申し出を断る事も出来ず、有無を言わさず囲い込まれ、邸に住まわされ、身体を暴かれる。

 挙句、傷をつけられ、穴を開けられたりと散々いたぶられると、手足を失くしたような表記のあとに遠まわしな残骸的とされる言葉が残されるだけで、最後どうなったのか詳しい説明はないのだ。


「「このルートだけは無理」」


 私とカローラの言葉が重なり、ポピーも真っ青な顔で驚愕してながら、まさか公爵が……なんて言っている。アイビーだけは相変わらずの無表情というか、それが?と言わんばかりの態度に似たもの同士かと言いたくもなるが、触らぬ邪神に祟りなしだ。

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