第8話

 王太子が待つサロンに入ると、ゲーム通りの黒髪、黒い瞳をしたイケメンが存在感を放ちながらも、優雅に紅茶を飲んで座っていた。

 うん。二次元が三次元になると、こうなるんだね!な感じは相変わらずで、しかしながらリアルで考えるとイケメンの部類に入る。

 見た目に騙される気はないけどね!


「久しぶりだね、カローラ嬢」

「お久しぶりでございます。フェリクス王太子殿下」


 カローラの一歩後ろに控えつつカーテシーをしながら、二人の他人行儀な呼び方を右から左へ聞き流す。私は木。存在感を消せ!ここにただ立っているだけだ!!

 と、自分に言い聞かせていたけれど、そんなので逃げられる程、甘くはないわけで……。


「そちらが男爵の養女となった令嬢かな?カローラが気にかけているという」

「……リズ・ルデウルと申します」


 カローラの頬がピクっと動いた事に一瞬気をとられて、間をあけてしまったけれど、名乗る事だけは出来た。うん、お見知りおきも以後よろしくもないけどね!したくないし!!

 しかし気にかけてるとは?一体?

 語りかけられてボロを出すわけにもいかないけれど、無視をするわけにも行かない。言葉にしっかり耳を傾けつつも、私は疑問符を頭の中に並べていた。


「療養中に出会いましたの。色々楽しいお話を聞けますわ」

「へぇ……」


 いーやーだー!何か王太子の視線がこっち向いてるぅううう!!!

 必死に作り笑いで耐えるが、一瞬一秒もこちらを見て欲しくない!視界に入れないで!そしてカローラ!こっちに話を振らないで!!

 一体どう私を扱おうとしてるのか分からなくて、背中は冷や汗で大変な事になっている。


「平民として暮らしていたとか……」


 その言葉で、きっちり貴族の諸事情を把握してるのが理解できる。王太子の設定は勤勉なのか?あまりそういう描写もなかった気がする……。


「そうですわ。平民視点の話も聞けますし、身分関係なく平等な市井の話も聞けます。私も色々新鮮で、侯爵令嬢という立場を忘れて楽しまさせていただいておりますわ」

「それは新鮮だな」


 いやいやいや、そんな定番的な平民でちょっと変わった貴族令嬢なアピール要らない!要らないから!!なんて面と向かって言えるわけもなく、変わらず作った笑顔でその場から気配を殺そうと必死になる。

 記憶に残さないで!すぐに忘れ去って!!気配地味令嬢になれ自分!


「それで?」


 王太子の空気が一変し、一気に室温が低くなった気がして、思わず息を飲んだ。


「療養とは、どういう事かな?」


 王太子の鋭い瞳がカローラを射抜いている。

 ん?療養?

 婚約者らしくない距離感のある会話……だけれど、療養については気になるのかと思っていると、カローラの作り笑顔が引きつっている。

 あぁ、うん。もうこのまま王太子に執着されちゃって!なんて心の中で必死に願うが、次の言葉で疑問が飛び出す。


「会おうと思っても毎回寝込んでいると言うし……今回は療養だろ?結構、心配でね。それに俺が婚約者の事を何も理解していないと周囲に知られて色んな憶測が飛ぶと、お互いの為にもならない」


 ん?

 距離感ある婚約者では……ない?そしてカローラの事も考えている?

 つい王太子を見つめてしまいそうになるが、視線はしっかりカップとソーサーに固定させる事を意識する。不敬があったりちょっとした失敗でこちらに興味を持たれたら、それこそ人生終了案件だ。


「カローラ様に変わり失礼致します。毎回寝込む程に病弱な為に、療養と言うのも何ら可笑しい事はないかと思いますが。お互いの為と言うのであれば、カローラ様が申し出ている婚約解消を受け入れるべきではございませんか?」

「そうもいかないのは理解しているよね?」


 若干震えているカローラに変わり、アイビーが前に出て物申すと、それを面白そう眺めながら王太子が返した。確か政治バランスとか諸々を考えると、カローラ以外に居なかったってやつだよね。カローラも病弱を装って婚約を白紙にしようとはしてるのか……それ、筋肉ついたら終わりじゃない?それとも本当に王太子から自分の興味を削ごうとしたってやつかな。なんて、カローラの抵抗が伺える。


「王太子殿下と会うなんてカローラ様も緊張で具合が悪くなってきているようなので、そろそろ」


 いやそれ不敬に入らないの!?

 淡々と答えるアイビーに驚きを隠せないが、何とか息を飲んで視界に映らないように小さくなる。チラリと横目でカローラを見ると、震えている上に顔色も悪くなってきている。

 王太子はアイビーを眺めながら、本当にお前は面白いな、なんて言いながらも席を立った。


「じゃあ俺はこれで失礼する」


 そう言って退室して言った王太子だが、姿が見えなくなっても息を殺し続け、王太子が乗っただろう馬車の音が邸から離れて聞こえなくなってから、やっとカローラと二人息をついた。

 その瞬間、よろめいたカローラをアイビーが支え、用意しておいただろうお茶をサっと前に置く辺りが流石だと思う。勿論私の分はない辺り、さすがアイビーと言いたくもなる。


 フェリクス・モンタニエ第一王太子殿下

 唯一まだマシとされる攻略対象で、偉そうだが表向きは公平で平等で、まさしく理想の王族……と思いきや、その内面は本当にただの俺様。

 そして――どエス――






「な……何を間違えたのかしら!?」

「王太子は設定通りなの!?」


 落ち着いて思考が戻ってきた時には、そんな事をカローラと私は口にして視線を合わせていた。

 思わず席を立って攻略を書いていたノートを持ってくると、それを悟っていたのか新しいハーブティの用意がされていた。


「そもそも殿下は私に興味がなくて、一応表向きお茶でもしようという連絡があるだけで、ずっと体調不良で断ってたのよ!?手紙もなければ、贈り物もない!エスコートが必要な時にだけ最低限ドレスを送ってくる程度だもの!殿下の好みに私は当てはまらないですし!あれだけリズを推したのに!」

「いや、推さないで!」


 カローラがまくし立てるけれど、実際どういう状態だったのか描かれていないから分からない。けれど、ゲーム開始時は距離のある二人だったと思う。

 多分、運営が描写カットしたんだろうな、とは思える程の内容手抜きゲーだ。

 そもそも、フェリクス殿下は王太子として表向きの顔を保つために、令嬢に絡まれているヒロインを助けに入る事で出会う……が、そこで対等的な態度を崩さず、挙句に知識不足の為かマナーがなってない所もあり興味を持たれるのだ。

 そう考えると今日はまだセーフだと思う。

 興味を持った殿下がヒロインの事を調べ、平民としてのプライドというか気高さというか、権力に囚われない平等さや正義感と言った、愛されて育ち、貴族ならではの汚い物を知らないからこその、ただ無謀で無知なだけじゃねーか!という物珍しい、またとない所に面白さを見出して執着し、そして


 ――壊し、所有したくなる――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る