第9話

 口撃だけなんて可愛いものじゃない。王太子という立場で、権力で、ありとあらゆる手段を使って、自分の物へと仕立て上げ、従順にしていく。

 それこそ、身体を使っても……。

 責め立て、屈辱に歪ませ、ひれ伏すように。自分に依存させる。

 カローラのラストは人形のように心を歪ませられ……そして、ヒロインの時は……いわゆる快楽落ちとなる。


「……というより……」


 カローラと二人、ノートを見ながら必死に情報を手繰り寄せ、必要あらば情報を書き出し、たまに悲鳴を上げたり、顔を手で覆ったりしていた中で、私は思わず口を開いた。

 ある意味で、この性格は同じなんだと思う。あの表情を見ていると、どう考えても裏があるようにしか思えない。でもそれを向けていたのは……。


「……アイビーに対して興味を抱いているような気がする……」


 そんな私の言葉に、一瞬空気が凍ったかのような気がしたけれど、あ……と呟いて納得したかのようなカローラと……。

 かかってこい返り討ちにしてやると言わんばかりの黒いオーラに邪悪な笑みを携えたアイビーを最後に、考えるのを放棄した私達は、お茶会を終了する事にした。




 ◇




 あれから三ヶ月、ある意味でのんびりした時間の中で勉強して邪魔が入るという相変わらずな毎日を過ごし……そして今は馬車でのんびりと移動する予定だった筈なのだが……。


「なぁんで居るかなぁ?」

「そんなに美味しい果物なら、私も食べてみたいわ」


 住んでいた村まで、何故かカローラも一緒に来る事になったのだ。勿論の事ながら、そこにはアイビーも居るわけで……何だろう。最近そろそろリア充爆発しろって二人に言いたくなってくる。主従関係と言えど何か色々辛い。



 事の始まりはお菓子の話からだった。平民にはお菓子なんて高級品すぎて果物で甘味を取っていたようなものだが、男爵令嬢となっても焼き菓子くらいしか食べてないのだ。

 そこで疑問に思った私は、ついカローラに王都での話を聞くと、やはり焼き菓子ばかりだと言う。

 主に賞味期限や衛生的な面が大きいのだろう。生菓子なんて使えないだろうし、クリーム系だって販売期間の問題も出てくる。というか温度管理が必要になってくる。そんなもの、この世界にあると思えない。

 そう思ったら、無性に懐かしの甘い果物が食べたくなったのだ。正直、みずみずしさを考えるなら果物の方が好きかもしれない。焼き菓子ってバターたっぷり入れてたりしないと、作った人によってはパサパサだったりするんだよね。口の中の水分が~!

 同じ甘さならばどちらを選ぶ?という好みの話になるのだけど……。


「と言っても、移動で一日終わるんだよ?村で止まるんだよ?」

「前世では平民でしたし、何かあってもアイビーが居るので大丈夫ですわ」

「一家に一台か……」


 思わず溜息をつきながら返してしまう。何とも便利な執事だと思う。本当、従者じゃなく執事って言ってる辺り、何かしら意味がありそうだけど、もう深く聞く事は辞める。

 藪をつついて蛇というか大蛇というか即死レベルの毒蛇が出てくる気がする。


「フルーツタルト……」


 夢現にいるかのような、うっとりとした表情でカローラが呟く。

 うん、男爵夫妻出会いの聖地にも行きたいとか言ってたし、そんな甘い果物ならば食べてみたいとも言っていたけれど、一番の目的はそこだろうな、と思う。

 そもそも前世ではお菓子が大好きで、自分でも作ってた私は何かしらケーキが食べたくなった為に作ろう!と思ったのだ。

 生クリームの製造方法は良く分からないけれど、カスタードやタルト生地くらいなら作れそうなのでフルーツタルトにしようと思ったわけで……そこまで思ったらポピーが選んだ果物が欲しくなってきたのだ。

 そして、村へ行くのに外出許可をなかなか出さない両親からカローラに話が行き……理由を聞いたカローラがすぐに飛びついたのが今回の経緯だったりする。






「え?ポピー居ないの?」


 村に着いて真っ先にポピーの元へ向かったら、店に居たのはポピーの両親だけだった。視線を彷徨わせながら、おじさんはしどろもどろと、明日も居ないから会えないと言ってきた。

 遠方に果物でも売りに行ったのだろうかと思い、ならば果物を取り寄せる事は出来るのかと尋ねてみたが、それは難しいという言葉が返ってきた。

 荷物を運ぶのも大掛かりになってしまうし、それだけの経費と人員をこちらで用意するのも難しい問題だろう。なんてったって男爵でしかない。

 そもそもその日収穫するべき果物の量も毎日同じなわけではない。今が旬と言うタイミングで収穫するのだ。

 何より一番の問題となるのは、移送している間に果物が痛むだろう事だ。確かに強い衝撃とかがあれば色が変わったりするのは理解出来る。現代日本と違って、道が舗装されているわけでもないし、クッション材のようなものがあるわけでもない。


「ポピーは?いつ帰ってくるの?」

「えっと……しばらくは……旅行に行ってるから」


 おかしい。

 ポピーが店を放ってどこか遊びに……しかも、そんな日程がハッキリしないような旅行に行くなんて考えられない。

 そもそも、まだ十歳のポピーが外に出たところで、盗賊や山賊、破落戸と言った危険が沢山あるのに、それを簡単に許すなんて少し考えられない事だった。

 確かに生活の為には、商売や出稼ぎで遠方へ単独行く子どもも居る事には居るけれど、そういう理由でもないようだし、納得がいかない。

 そんな私を横に、カローラは果物を色々見ていて、指をさしながら口を開いた。


「これと、これ、それとこれも頂ける?」

「は……はい!」


 思わずおじさんを睨みつけていると、カローラの言葉をナイスタイミングと言わんばかりに逃げ出した。納得行かないと思い、頬を膨らませて追いかけようとした私に対して、カローラは扇で頭を叩いてきた。


「人様の家庭事情でしょう。口を挟むものじゃないわ」

「いや、あんたが言うな」


 正論だとは思うが、がっつりこっちの事情に関与して、私の存在をバラして教育方針にまで口だしてる人に言われたくないわと思う。

 まぁアドバイスな感じで言ってる辺り、見事に周囲を手の上で転がしてる感が否めない。主にアイビーの。


「あら、美味しい!」

「……酸味がある……」


 ポピーの目利きではないからか、少しだけ酸味が広がる果物はケーキ作りには良いかもしれないけれど、お菓子の変わりとなる甘い果物を恋しく思いながら、明日は聖地巡りだとテンション高く言うカローラとは正反対に、私の心はどこか寂しさを帯びていた。


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