第26話

「どういう事かしら!?」


 カローラの低い威圧ある声と、アイビーが放つ殺気がブリザードのように、一気に空間が冷えたかに感じる。

 あれから、バニラビーンズを使ってプリンとシュークリームが出来上がった為、この日に作っておくと一ヶ月後の日程を記載した手紙を、時間をズラしてカローラとセドリックに送ると二人から了承の返事を貰う事が出来、まずはカローラに事情説明……と思ったんだけど。

 案の定、シャルルに全部バレたという事だけを伝えて今に至る。


「全部って!全部って!!前世からゲームの事までじゃないでしょうね!?」

「その通りでございますぅうう!!」


 一気に背筋が凍るような殺気がアイビーから瞬間的に放たれ、背筋を伸ばして肯定の言葉を涙目になりながら叫ぶ。

 ポピーもアイビーを危険視するかのように見ながら、カローラの目の前にプリンとシュークリームを置いていく。

 ちなみに今日作ったのは、なめらかプリンとダブルシュークリームとチョコシュークリームだ。


「なめらかプリンだけでなく、私は焼きプリンを所望します!あとシュークリームはバニラビーンズたっぷりのカスタードが好き!」

「そっちかよ!!じゃあ食べなくて良いわ!」

「仕方ないから食べます!仕方なくなくても食べます!」

「どっちだよ!!」


 見事に我儘令嬢が出来上がってないか!?と思いつつも、一口食べては満面の笑みをするカローラに、アイビーの殺気も少し収まったかのように思える。

 見事カローラの微笑み。ここで私を殺したら焼きプリンもバニラビーンズたっぷりのカスタードシュークリームも闇に葬られるのだから、その殺気を消して欲しい。……言葉にはしないけど。出来ないけど。怖いから。


「相変わらず仲が良いね」


 不躾に開かれた扉からセドリックが入室する……と、カローラがおもむろに咳込み、途端に殺気を弱めたアイビーの目が鋭くなる。

 あれ?時間差はもう少し開けた筈だけど?と冷や汗をかきつつも首を傾げながらセドリックを見た。まぁセドリックが来たら問答無用で通して良いとは言ってあったけど今のタイミングか!あ、でも良い意味でナイスタイミング?殺気に当てられなくて済んで助かった!!


「新作のスイーツと聞いたら、飛んで来るに決まってるじゃないか!」


 当たり前だと言わんばかりに胸を張って言うセドリックは、カローラの目の前にあるお菓子を見て美味しそう!と言うと、空いてる椅子を寄せてテーブルについた。

 カローラに疑問を抱かせない為に、丸テーブルに椅子二つだけ用意してたんだけど……うん、何か魔術師団長に申し訳ないと思いながらも、気にせずお菓子を嬉しそうに要求するセドリックに、私は罪悪感を一切抱かず済んだ。


 やってきたお菓子を美味しそうに食べるセドリックと、セドリックに戸惑いながらも食べるカローラと、こちらを睨みつけながらも観察するアイビーというカオスな状況が生まれた。


「えーっと……二人には相談があって……」

「何?」


 私の切り出した言葉に、間髪入れず問いかけるセドリックに対し、あんた何言ってんの!?と言わんばかりの疑惑に満ちた目つきをするカローラ。

 もういっそここはカローラを無視するに限るかもしれない……けど、アイビーが怖い。と思っていると、ポピーが私の視界からアイビーが隠れるように立ってくれた。

 うん、これで睨みつけられてるのは分からないけど、殺気飛ばされたりしないよね?殺気だけで気を失ったりしないよね?私。


「前世を元にした事業展開をシャルル様から提案されて協力して欲しいの」

「はぁあああああ!!???」

「前世って何?シャルルは知ってるの?」


 絶叫するカローラと反して、それが何かと言わんばかりのセドリック。アイビーから殺気は放たれていないようだけれど、何か溜息が聞こえた気がするから呆れているのかもしれない。

 口をパクパクと動かすだけで言葉を発しないカローラは、既に令嬢としての品格が迷子になっているようで、恥も外聞も関係なしに私に詰め寄るように言葉を放った。


「ちょ!あんた何言ってるか分かってんの!?」

「お……落ち着いて!」


 落ち着けるわけないと頭の中で理解しつつも、そんな事を放ってしまうのが人間だろう。

 とりあえずは落ち着いて貰わないと、これからの説明も出来ない。否、もう既に頭がパニック状態なのだろう珍しいカローラの状態に、セドリックは私とカローラ交互に視線を向けている。


「二人の秘密をシャルルもリズから共有して、僕にも手伝って欲しいと?まさか今までの知識は、その前世が関係しているとか?僕は珍しくて面白い物が作れて、更に美味しい物を食べれるならどうでも良いけど?」

「「どうでも良いって……」」


 セドリックの言葉に私とカローラは項垂れる。何か今まで迷っていたルートも、こうなるとどうでも良くなる。

 カローラは私に聞こえる程度の声で、王太子ルート以外は正直攻略にならないようになるのであれば……と言っている辺り、ブレないなとも思うけれど、それもシャルルの手によって婚約白紙レベルに戻される可能性があると知ればどう思うだろう……。

 というか、どういう手段を持って、王太子とカローラを引き離そうとしてるのかは想像もつかない事だけど。


「事業展開と前世について教えて。不利にならない事ならばいくらでも協力するよ~」


 マイペースにスイーツを頬張りながら、セドリックもシャルルと同じように不利にならない事であれば協力を申し出てくれた。


 シャルルとしては私達に協力する意思があり、その見返りとして前世の知識から国の特産となる物を作って欲しいと言われた事、望むのであれば王太子との関係をどうにか出来ないかするとの事を伝えると、カローラは大きく頷いた。


「出来るかどうかは別としても、私としては嫁ぎたくないから、その手段が一つでも出来るのであれば良いわ。リズにイベント攻略してもらうのも前提になるけど」

「しないから」


 一つでも多く逃げ道が出来るのは大歓迎という事だ。その間、セドリックはプリンをおかわりしつつ私達の話を静かに聞いていた……というか、この口溶け凄い、こんなスイーツもあるんだ!と言っているあたり、聞いていたかは定かではないか、と疑うような視線をセドリックに向けると、その視線に気がついたのかセドリックが口を開いた。


「聞いてるから。ざっくりした説明じゃ、殿下の事も商品の事も分からないから、しっかり説明してね」

「ぐっ」

「うっ」


 うめき声を上げた私と違い、カローラは令嬢としての意識を取り戻したようだ。しかしそれでも口から声は漏れてしまったようだけど。

 チラリとカローラを見ると大きく頷いていたので決心はついたのだろう。ポピーも頷いてくれたから、私は大きく息を吸ってから説明を始め……る前に、一応念の為に確認だけは伝えておいた。


「……何を聞いても不敬と捉えず、不機嫌にならない事を約束して下さい」

「……何その前置き。怖いんだけど……………………このプリンってやつ、チョコで作ってくれるなら」

「お任せあれ」


 たっぷり考えた末での答えに、それならば!と答えたけれども、シャルルのようにすんなり受け入れて貰えると良いんだけどな……これからの暴露……と思いながら、私は説明を始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る