第13話

 ――しっかりしなくちゃ。


 そう思う反面、未来への希望はどこなのかとさえも思える。自分で切り開くとしても、その方法が分からない。あきらかな情報不足なのは分かるが、それだけでなく協力者も必要だ。主に心を支えてくれる人。

 そんな事をグルグルと考えていたら、涙が次から次へと溢れてきた。


「リズ……何をそんなに抱えてるの?」


 ポピーは私の顔を覗き込んで、真剣な表情でそう言う。まだ十二歳の幼い顔立ちで、地味なのに、どの攻略対象者より格好良く見える。

 神絵師様が描いていたら、ポピーも格好良くなっていたのだろうか……いや、あの神絵師様は地味は本当に地味に描くから、その可能性はないか。なんて頭のどこかで考えながらも、私はポピーの胸に顔を押し付けて久しぶりに声をあげて泣いた。


 泣いて

 泣いて

 泣いて

 しゃくりを上げながら


 私はポピーが全てを受け止めてくれると確信を持っていた。

 ポピーがゆっくりと私の背中を慰めるかのように撫でてくれる温かさに甘えるように、私は吐き出した。


「私には前世の記憶があるの」


 一瞬、ポピーの手が止まり、息を飲んだのが分かったけれど、すぐに何事もなく私が落ち着くようにと背中を撫で始めた。驚くのも仕方ないと思うし、狼狽えても可笑しくないのに、すぐに自分を立て直しただろうポピーは凄いなって思う。


「……それで?リズはリズでしょ?」


 私が何も言わなかったのを不安がってるのかと思ったのか、軽く抱きしめてきたかと思ったら、それが何?と言わんばかりの声をかけてきた。

 緩んだ涙腺は、止まりかけた涙を更に流す。

 ゆっくり……ゆっくりと、私は言葉にしていった。


 前世の記憶を戻した時の事。

 ここがゲームの世界だと言う事。


 ゲームの世界、なんて言われて気分を害すかな、なんて言った後で後悔したけれど、ポピーはそれで?と何事もないように先を促してくれた。

 その声は疑っているとか、信じてないとか、そういうのではなくて。ただただ受け入れてくれているような暖かい声で……。


 ゲームのヒロインとなる私、悪役令嬢のカローラ。攻略対象と呼ばれる人が居る、乙女ゲームについての説明。

 カローラにも記憶がある事、アイビーというゲーム外の協力者が居る事。

 攻略対象者達の事。そして、カローラのゲームでの行く末や、私の行く末。


「ダメだよ……」


 そう呟いてポピーは私を抱きしめる力を強めた。


「ダメだ!絶対!そんなのリズが幸せだと思えない!!絶対回避しよう!!」


 信じてくれて、そして私の将来を守ってくれるような、その言葉に安心した。

 泣いて泣いて、しゃべり続けて疲れていたのか、安堵の中、私の瞼がゆっくり重くなるのを感じながら、私はその安心感を手放したくなくて、言った。


「ポピーの態度に壁を感じて……従者だと理解してても悲しかったの……とても……辛かった」


 ピクリとポピーの身体が揺れた気がしたけれど、久しぶりの人肌……貴族になって母にも抱きしめられた事がなくなった私は、その温かさと心地よさの中に身をゆだね、そのまま眠りについてしまった――。






 翌朝になったのだろうか、暖かな陽の光で目が覚めると、どこかで工事のような音が響いている事に気がついた。

 いつもの自室……とは違う、客室のような場所で目が覚めた私は周囲を見渡しているとタイミング良く侍女が入ってきて、朝の用意をしながら説明を受けて思い出す。

 そうだった、ポピーが扉を破壊したんだった……。だから私は違う部屋に寝ていたのかと。

 準備が終えた頃にポピーが入ってきて、今日の予定等を聞かされていると、最後に私の方へ寄ると、小声で私に聞こえる程度の声で言った言葉で、私の心は嬉しさと恥ずかしさで飛び上がった。


「二人の時だけは、いつものようにするよ、リズ」




 脱引きこもりをした私を母は涙ながらに喜び、父は落ち込んでいた。

 どうやらポピーから当たり障りのない範囲は説明を受けたようで、娘の為を思ったのにとか何とかブツブツ呟いて落ち込んでいる父を母が慰めていたのを見て、壁を感じた旨に関してはポピーの判断で報告をしたんだな、と理解した。

 確かに引きこもっていた原因は伝えるべきだし、言える範囲としてはそれが一番良いもんね。

 父よ、一気に環境を変えてしまうのはよろしくないよ。てか、衣食住が保証されてるからこそ引き込もれるんだろな。これが平民の時なら引きこもってないわ、なんて考えるだけの余裕が私にも出てきていた。

 子どもと言っても、働かないと生きていけないからこそ、今の恵まれた環境って人を堕落させるなぁと思えた。


「前世の記憶があるのなら、何か得意な事とか、好きな事とか、この世界にない物とか、そういうのは?」


 変わらず、貴族のマナーを学びながらも、ポピーとの距離感に関しては若干目を瞑ると言ってくれた父に感謝しつつ、空いた時間に少しずつ情報の交換と対策相談を行っていた。


「経理の仕事をしていたから……でも計算方法とか違いそう……」

「だったら何か他を探して商売をするのも?」


 基本的に家の事をするのは男性という昔ながらとも思える考えがこびりついている世界だけれど、そもそも女性には妊娠出産という仕事があるとも言える。身体的負荷もそうだし、医療面が充実していない事を考えると命懸けになるので、その間だけでも仕事を誰かに頼む……ともいかない背景があるようだ。

 電話みたいな直ぐに連絡する手段がない以上、緊急性があった場合にモタモタしていられないというのもあるだろう。いっそ医療面だけでも発達すれば、女性進出の可能性がありそうなのに。


「あ、そういえば!!」

「何かあった?」


 思い出した!と手を叩くと、ポピーも興味深そうにこちらを向く。私の前世はこちらの世界では有り得ない科学の力がある為か、いつも面白そうに話を聞いているからだろう。


「お菓子を作りたいの!こっちでは焼き菓子しかないから!」

「?色んなお菓子があるの?作れるって事?」


 ポピーは首を傾げながら尋ねてくる。カローラから聞いていた通り、本当にこの世界では焼き菓子以外ないのだ。


「寝る事とお菓子が大好きだったからね!」

「……本当に裕福な世界だったんだね……」


 私が自慢げにそう言うと、ポピーはちょっと呆れたような表情になった。

 確かに限りある資源を使いまくったり、地産地消しなかったりして、色々と物価が上がってた気がしないでもないが……。

 今世から考えると、本当に恵まれていた世界だったと、つくづく思う。

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