第12話
カローラが王都へ帰ってしまい、私は少しどころか、かなり寂しさを感じてしまい……
――只今絶賛、引きこもり中――
流石に体調が悪いのかと放っておいてもらえたが、三日も部屋に閉じこもると話は全く別なわけで。
父が扉を叩く音や、母が何かしら声をかけているのは理解出来るけれど、扉を開ける気はない。というか鍵を閉めてもマスターキーで入られそうな気がしたので、木の棒をしっかりと紐で取っ手に固定して開かないようにしている程だ。
まだカローラが居れば、ふざけあって馬鹿な事を言い合って、心の喪失感を紛らわせる事が出来たけれど、今はそれもできない。むしろ専属従者ならば顔を合わせる回数が多いからこそ、毎回心が抉られたような痛みが走る。
どうして、なんて言わなくても理解できるし、納得もできる。それでも心は追いつかない。
今まで親しかった人物と離れる以上に、壁を作られて距離を取られた事は傷つくのだと初めて知った。それが例え理由ある事だとしても、この喪失感はなかなか消える事がない。
「お嬢様」
ノックの音と共にポピーの声が聞こえるけれど、それに対して返事をする気力もない。
引きこもった事が原因でポピーが呼ばれたそうだけれど、それは嬉しくもあり、しかしポピーにとって迷惑だったのでは、なんて事が延々頭の中で繰り返される。見せる顔がない。
「お嬢様?」
更に声がかけられた後、扉の向こうで何やら数人が喋っている声が聞こえて、布団を頭から被って音を遮断する。自己嫌悪も大概だ。もう本当に色々と嫌になる。
しばらくした後、ガタガタと扉を開けようとする音が響き、思わず顔をあげた。流石に扉を開けられないとは思うけれど、前世程しっかりしたバリケードでもないから心もとない。
「お嬢様、扉から離れていて下さいね?失礼いたします」
再度ポピーの声が聞こえたが、何を……と思考を始めた所で
ガッ!!!!!
「!!???」
何かで扉を叩くかしたのか、大きな音に思わず声にならない声がもれた。その後もガッガッと音がした……と思ったら、両開きの扉の隙間から鉈のような刃先が見える。
武力行使きたー!?
なんて思いながら目を見張ってると、どんどん隙間は大きくなり、とうとう取っ手に巻きつけていた木の板まで切断され、大きく扉が開け放たれた。
扉を破壊しただろう人物は私と同じ位の背丈で、鉈のような物を放り投げた後に急いでベッドの側まで来ると、私の顔を見た後に安堵したのだろう、素に戻っていた。
「リズ……良かった……無事だった……」
ポピーのその言葉に、私はとても胸が苦しくなって、小さな言葉でごめんなさいと呟くしか出来なかった。
「何してたの……?」
ポピーは心配そうな声の中に怒っている感情も含まれているのか、しっかりした口調で問いかけてくるが、私は正直に言って良いものか悩む。
打ち明けたい事は沢山ある。今は言葉も前みたいに戻っていて壁も感じない。けれどこんな話を外に聞かれるのもどうかと思い、チラリと扉の方へ視線を向けると、ポピーは無造作にベットへ腰掛けて私に視線を合わせた。
「人払いしてもらったよ。扉を壊すのも男爵の許可を貰ってるし。僕が報告に行くまでは誰も近寄らないでって言ってある」
その言葉に本当なのかなって思って物音が聞こえないか耳を澄ますと、ポピーが笑いながら更に教えてくれた。
「誰かが居たりして話の邪魔したら、リズなら引きこもるどころか逃げ出すかもねって言ったら、おばさんも凄く頷いてさ。男爵が顔を真っ青にしながら人払いしてくれたよ」
「……私、やっかいな性格みたいじゃない」
「若干お転婆で何しでかすか分からないところはあるよね」
いつもと変わらないポピーに、緊張もほぐれて言い返す。確かに記憶が戻る前は平民らしくお転婆ではあったと思う。だけど、何しでかすか分からないとは……思うがままに動いていた気はするけど……ほら、子どもだし。
俯いた私に、落ち込んだと思ったのか、ポピーは頭に手をのせ撫でてくれた。それがとても心地よくて。本当に貴族のしがらみって辛いんだなと再度思えてくる。こんな事を簡単にされては淑女としてとか、男女がとか鬱陶しい。
「ポピー……ごめんなさい。果物屋の後を継ぐって言ってたのに……私のせいで従者なんて」
「へっ!?」
私の言葉に、ポピーは一瞬間の抜けた顔をしたが、すぐに慌てて両手を振りながら否定を始めた。
「いや違う!違うよ!?リズのせいじゃないよ!?」
「だってお店……」
「いや、それは大丈夫だから!本当に!両親だってまだ若いしさ!」
そうは言っても、親が何か経営しているとなると、本当に幼い頃から仕事が出来るのだ。親の手伝い程度と言っても、それ専門の英才教育と言っても過言ではない。
生まれによっては本当に知識や情報量が違うので、将来なりたいものへのスタートダッシュを考えると生まれながらの格差なんてのは当たり前だ。
そしてポピーの目利きは両親を超えていた。それは情報や知識だけでなく、幼い頃からの経験からとも言えるだろう。
「確かにリズの話を聞いて心配にはなったけど……僕を必要としてくれてるのかなって……」
ポピーの言葉に、キョトンとした顔を返してしまう。そりゃ確かに必要としてるけれども……。
そして顔を真っ赤にしながらポピーが言葉を続けた。
「結婚しようって……助けて欲しいのかなって……」
その言葉に私も思い出して顔が真っ赤になった。
お互い真っ赤になりながらも、ポピーは私が誤解しないようにと、一から説明をしてくれた。
あんな事を言われて戸惑ったが、その後で何かあったのかと心配になったが、男爵に母娘共々引き取られて、会う事も叶わなくなってしまったと。心配しつつも、貴族になれたなら幸せなのではと思っていたが、リズの親が訪れてきて現状を知り、自分の親と相談の上、従者見習いとして学びに行ったと。
「でも、学べない、使えないと思われたら従者になれないって言われててさ。頑張って良かった」
その言葉で、ポピーの親が何も言わなかった事を理解した。私の元に来れるのかどうかも分からないのに、変に期待させるような事を言えなかったのだろう。
でも頑張ったって……。
「一年もかかってない……」
思わず口にした言葉にポピーは苦笑していた。言葉使いも礼儀作法も知らない中で、ゼロから学んで、一年も経たないうちに私の元へ来れたというのは、どれほどの努力だったのだろう。
男爵が大目に見ている部分があるかもしれないが、それでも家の恥になるようであれば容赦なく教育させるだろう。
「ポピー……」
「えっ!?リズ!?」
思わず涙が溢れ、それに対してポピーは慌ててハンカチを差し出してきた。綺麗な折りたたまれたハンカチ。上等な生地が使われた服。ポピーだって全く別世界に来たようなものなのに、私は逃げてばかり……否、逃げたくなるのは環境だけではないのだけれど。
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