第14話

 王都に戻ったカローラから手紙が来て、内容は珍しい事に前もって遊びに来るとの連絡だった。流石に王都からだからね……王都までは馬車で十日程、馬で四日程と聞いたけれど……そんな距離なのに、まだ帰って三ヶ月くらいしか経ってない状態で来る上に、男爵家に泊まりたいとの希望もあるからだろうか。手紙を見る限りは字も文面も綺麗で、本当に侯爵令嬢らしく思える。

 カローラが来ると言う事に、嬉しい気持ちと不安な気持ちと……色々ごちゃまぜになってしまうのは仕方がない事だとは思う。

 という事で、カローラに何か作りたいと言う希望を男爵も了承してくれた為、今日はポピーと二人で街の商店街を歩いて材料を探している。ついでに物価の方も調べたいと思っていたのだ。


 牛乳のようなものがあり、バターのようなものもあるが、生クリームはない……のは、冷蔵庫がないからか、製造方法が分からないからか……メレンゲのお菓子ならばありそうだけれど、砂糖は言われた通りに高価だった為、あるとしても王都の貴族向けだろうな。

 なんて事を呟きながら色々見て回る。

 文明の利器に合わせて食事も変化するのだろうか、そう思えると日本のお節料理だって意味があった気がする。確か重箱の段数や食材にも意味があったりしたが、お店が開いてないとか言うのもあって保存食的な意味もあったような?


「それで、どういうのを作る?」


 前世の事をつい思い馳せていたところに、ポピーが声をかけてくれた為に、自分が今は買い物中だと思い出す。


「やっぱり、果物で甘味を出したいかな?でもカスタードクリームなら作れないかな?高価だと言っても、砂糖ならうちにもあるよね?」


 新鮮な卵なら、卵の風味を生かす事もできるし、足りない分は果物の甘味で補う事を考えたら、やはり果物メインから攻めたい。

 あー……チョコレートがあったらなぁ……。


「じゃあ少し酸味がある方が良かったりする?」

「……若干?」


 フルーツタルトを作ったとしても、結局生地の方にバターの甘味は出る。というか牛乳も味が濃かった気がする。素材の味が引き立つようになるなら、酸味があっても良いかもしれない。

 そもそもケーキに使われる果物は酸っぱいものが多々あったような気がする。まぁ、甘いだけだと胸焼けを起こしそうだしね。


「じゃあ……どれにする?これなら、これかな。これとか」


 そう言ってポピーは種類ごとに籠へ分けられている果物の中から、取り出して行く。


「……え?甘いのだけじゃないの?収穫の時だけじゃないの?」

「色合いとか、触った感じとかでなんとなく?」


 ポピーの目利きは本当に凄いのだと理解したと共に、それが出来るなら美味しいケーキが作れる!とも思って、楽しくなってきた。






「美味しいぃいいい!!!!!」

「俺の分も食べます?」

「いや、アイビーもちゃんと食べて!!」


 カローラは私の作ったフルーツタルトを食べて大喜びをしている。

 カローラが着く予定の今日に合わせて、昨日作って一晩地下の冷たい保管場所に一晩置いて、カスタードがタルト生地に馴染むようにしたのだ。涼しい場所が地下しかない今世では、冷蔵庫の利便性が凄いと思ってしまう。当たり前にあったものが無いって辛い。

 今日はカローラとアイビー、私とポピーの四人でテーブルを囲っている。本当は主人と従者が同じテーブルについてお茶を飲むとかありえないんだけど、ケーキを皆で食べたいし、日本人の感覚がある私やカローラは、誰かが立ってる中で自分だけ座っているというのもストレスになるのだ。

 今まではアイビーだけだったが、今はポピーもいるので、お互い様だよね、と人払いをする事でゆっくりリラックス出来ている状態になったとも言えるが。


「こんなのが作れるんだ……もう少し酸味があっても良いかもしれない」

「私は甘くても良いわ!生クリームがあればショートケーキも食べられるのに!!」

「……甘っ」


 三者三様。ポピーは酸味が強いものが好きで、カローラは甘いのが好き。アイビーは……甘いのが苦手なようで、顔を少しだけ歪めた後にカローラの方へ皿を向けていた。


「この世界に珈琲ってあるの?」

「王都にならあるわよ。紅茶はそもそも発酵されたものだとしても、珈琲は炒って使うからね。出来る人が居なければ売れないわよ。ちなみにここが一応十七世紀のヨーロッパ辺りの物流だと考えると、そろそろ生クリームも出来て良い頃なんだけど」

「十七世紀……?」


 意外とカローラさんが博識なのではないかと思える知識量。え?高校生ってこんな事を覚えたっけ?いや、オタクならでは知識だったりするのかな!?

 当の本人はアイビーのケーキを嬉しそうに頬張ってるけどさ。


「……悪かったわね。薄い本の為に調べたのよ」


 そこでボーイズなラブですか?と突っ込むのは止めておこう。収集がつかなくなる。

 前世で人気を博したゲームや小説のヨーロッパ舞台のものは多々あるけれど、中世ヨーロッパならば、雨水を飲むと濁っていた為にお腹をくだす事があり、水の変わりにビールのようなエールやワイン、牛やヤギの乳や果物の汁等を飲んでいたそうだ。


「まぁ……ここも製作者の都合上という理由で、何かしら変化が起こっていてもおかしくないけどね……」

「ありえる……」


 前世の歴史は一旦置いておくべきだと思いつつも、気温によって育つ物も違うし、輸入が滞ってるとかならば、ただ単にまだ見つかってない物もありそうだな、なんて事を念頭に入れた。







 人生、本当に何が起こるか分からない。というのは、まさにこの事だと思う。


 王都に戻ったカローラは、財力に物を言わせて砂糖や珈琲豆を大量に購入し、挙句にカカオ豆まで贈ってきた。そして有り余るオタク知識だろう、さとうきびからの砂糖の作り方、珈琲の色んな淹れ方、チョコレートの作り方を「詳しいとこまでは分からないけど!」という一言と共に簡単な走り書き程度のメモが同封されていた。

 親切心というより自分の為だよね!?と思いながらも、私も食べたいのでメモを読んで実践してみたら……誰?チョコレートなんてものを生み出した人……神の手腕か……と思う程に疲労困憊になったのは言うまでもない。

 洗って、炒って、薄皮向いて……すり潰す。何日もかけて、すり潰す。すり潰すだけでもう腕が死ぬ。

 もうね、この程度で良いかな?なんて思ったら、ジャリジャリしててチョコじゃない!なんて叫んでしまった程だ。口当たりが悪すぎる。


 空いた時間や休みの日があれば厨房で勤しんでいる私を、父や母も不思議に思い足を運んできた。あまりに本格的になった力仕事というお菓子作りに、貴族令嬢なのに!と怒られるかと思いきや……料理長が黙ってフルーツタルトやチョコレートを差し出すと顔を綻ばせて喜んだ。娘の手作りというのは両親にとって嬉しいものなんだな。なんて思っていると、そのまま口に入れた両親は……初めての味に驚き、このままお菓子作りを突き詰める事を許してくれた。

 正直、止めて頂いても良かったんですが。

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