第30話

「そりゃ最初は手っ取り早いなとは思ったけど」

「え」

「でもルデウル邸にまでついてきてくれて……」

「うん」

「ポピーの意外な顔も色々見れて」

「……」


 実家の事業で毎日必死に生きていたポピーは少し引っ込み思案というか、流されるような所もあったけれど、従者教育を受けて、私を守る為なのか色々と度胸もついたかのようで。必死に色んな知識をかき集める為に本を沢山読んでいた事も知ってる。

 私の事業を助ける為に、この国の法律もしっかり調べたりしてくれた事も知ってるし、父の執事ととても相談しながら動いていてくれた事も知ってる。

 更には父がポピーの事を年々認めている事も。


「だから、私はポピーが良い」


 真剣だと伝える為に、ポピーの目を真っ直ぐに見つめて言い切ると、ポピーは顔を真っ赤にさせながら口をパクパクとさせた。

 そうか、今までは本気だと思われてなかったのか、まぁ当たり前かなんて思いつつも、ポピーからの返事は期待していなかった。身分の問題があるからだ。ただでさえ母は貴族じゃないのだ。ルデウル男爵家の事を思えば、私こそ貴族と結婚して繋がりを深めないといけないだろう。けれど、それは嫌だ。

 その事をポピーにも伝えようと口を開こうとした瞬間……。


「リズ!!!助けて!!!」


 何故かカローラが号泣しながら部屋に入ってきた。

 侯爵令嬢あるまじき顔面に思わず顔が引きつってしまう……と言ってしまえば失礼になるのは分かっているんだけれど、表情を出さないという貴族令嬢なのに、ここまで顔を歪めて大粒の涙を流しまくっているのは……。

 かろうじて上級庶民かと思われる服装なのが幸いというか……うん、そんな格好で大泣きって、本当に何があったんだ!?


「カローラ様」


 ポピーが慌てて駆け寄り、自分のジャケットをカローラの頭から被せた。あ!ずるい!なんて思う反面、いつもならばすぐにカローラへ寄り添うアイビーが居ない事に疑問を持って、その姿を探す為に周囲へ視線を投げるも姿を確認出来る事はない。

 ポピーも同じように探したのか、少し首を傾げながらも、カローラを椅子に座らせると店員に追加で紅茶を注文した。


「……アイビーが……」


 出された紅茶を一口飲んだら落ち着いたのか、カローラの嗚咽も少し小さくなった時、やっと口を開いた。


「……アイビーが、消えたの」

「は?」

「高速移動という意味ですか?」


 カローラの言葉に、私は思わず素っ頓狂な声で聞き返し、ポピーに至っては真面目に聞き返した。

 確かにアイビーならそういう意味で消えそうだ。普通の人間であれば消えるなんて芸当は無理だけれど。


「違うの!そういう意味じゃなくて!……いなくなったの!!」

「「???」」


 今度こそ言葉として理解出来るのだが、意味として理解できなくてポピーと二人顔を合わせるも、脳内が疑問符で埋め尽くされてしまう。

 アイビーが居なくなった?

 ……居なくなった??


「トイレ?」

「隠密活動?」

「行方不明よ!!この置き手紙を残して!!」


 私とポピーが的外れな事を言いすぎたのか、カローラが机の上に一通の手紙を叩き置いた。

 バンッと大きな音が響き、机の上にあったカップがカチャンと音を立てるのを聞きながらも乱暴だなーとだけ思っただけだったのだが……ポピーはその手紙を開けて読み進めるにつれて目を見開かせた。


「アイビーを探してたらリズを見かけて……急いで追いかけてきたの……どうしよう!?」


 カローラが縋るような目で私を見るが、私はポピーから回された置き手紙にまず視線を向ける。

 何がどうなっているのか、まず理解しないと何とも言いようがないからなのだが……。



『俺が居る事でカローラの迷惑になるなら、それは本意じゃない。だからカローラの前から消える。望む未来を掴み取ってくれ』



 アイビーらしいと言えば、らしいのかもしれない。

 私は私で開いた口が塞がらない。


「リズ!どうしよう!?」

「あ……うん」


 そういえば今までカローラの解決策は九割以上アイビーが提案してたなぁと思ったのと、これ原因は確実に王太子の発言だよね……。


「でもカローラ……王太子はアイビーが欲しくてカローラに付きまとってたようなものだし……」

「それでも!!私はアイビーが居ないとダメなの!!どうして一緒に連れてってくれないのよー!!!私から推しを取ったら何が残ると言うのぉおお!!!」

「……新しい推しを作るとか……」

「無理よ!アイビー以上の人なんて居ないって確信出来る!!!」


 うーん……まぁ、見事に理想通りに育て上げた感じはするもんなぁ……。というかカローラがアイビーの掌の上で転がってる感じがするというのもあるけど……。

 そもそもドエス王太子が興味を引いてるのはアイビーで、いくらシャルルやセドリックが動くと言っても仕事押し付けとかでカローラの元へ行かない事くらいだ。婚約白紙についても探ってはいるようだけれど、カローラのように釣り合う家柄が見つからないらしい。


「アイビーが居たとしても奪い取るのがヒロイン!ゲームの強制力!!」

「おぉおおおおい!!???」


 いきなり矛先こっちきたー!?と思うけれど、そもそも私が王太子妃になったら国終わらない!?政務なんてできないし、王太子妃教育とか絶対無理だって!

 ゲームではそんな所を完全無視されてる気がするけど、現実問題として捉えると大変な事だって!!!大事だよ教育って!大事だよ知識って!!

 社会人経験ある者から言わせてもらうと、挨拶の仕方、言葉使い一つとっても本当に大事なんだ。それがこの世界ではもっともっと大事になるんだから、ぶっちゃけて言おう。堅苦しい。やだ。学べる気もないという前に学ぶ気もないわ。


「……アイビーを探しましょうか」

「探せる気がしないけどね」


 色んな危機感を察知したポピーが言うけれど、相手はあのアイビーだよ?もう犬猫の方が簡単なんじゃないかとさえ思える……けれど、その言葉を聞いたカローラは目を輝かせて顔を上げた。


「ありがとう!!!」


 まだ見つかってもいないけれど、嬉しそうな表情で微笑むカローラに胸が痛む。

 ある意味でずっとアイビーしか居ないんだろうな、私もポピーが側に居てくれるだけで違う。前世の記憶を持っていて、正直なところ何年経ってもこちらの世界での生活に馴染めなくて、どこかで前世と同じ所を探してる感じでスイーツを作ったりもしてるし、カローラもそれにすがっているのだろう。

 何もかもを話せる人が居なくなっただけで、それはどんな孤独を感じるのだろう。想像するだけしか出来ないけれど、考えただけで胸が締め付けられる。

 実際、今も護衛がおらず、一人邸を抜け出して必死になっていたであろうカローラの姿に、誰にも言えず一人頑張っていたのかと思うと、ポピーが居なくなった時の私も同じ事になりそうだなんて思ってしまった。

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