第31話

 護衛くらい連れてこい。

 アイビー捜索を開始して僅か十分。そんな事を叫びたくなったのは、今の現状にある。

 そうだね、いくら質素に見える服を着ていたとしても綺麗だし、上質な布だし。何より毎日手入れされて美しい髪と肌というのは、平民にはないものだ。

 いくら隠そうとも隠せないのは動作や言葉使いだけではないと言う事よね。うん、わかってた。忘れてたよ!


「カローラは……何をやってるの……」


 目に見える距離に居たけれど、私とポピーはカローラから少し離れてお互い色んな方向へ視線をやりつつ、道行く人に訪ね歩いていた所、カローラが見るからにガラの悪い男にぶつかったのだ。


「あー?何か身なり良いガキじゃねぇか」

「いてぇなぁ。こりゃ治療費いただかねぇとなぁ」


 どこの世界も同じ思考回路なのだろうか。結局、目的は金なのだから適当にいちゃもん付けたいのだろうけど……。なんて事を考えている内にカローラは仲間だろう男達に囲まれて、気が付けば路地裏に連れ込まれて行った。


「あっ!!」

「リズ!誰か呼んで来て!!」


 私が小さく叫び声をあげると、ポピーはそう言ってカローラを追って行った。

 ちょ!?ポピーが行っても無残な姿が二つ並ぶだけじゃないの!?

 そんな事を思いながら、私は周囲をキョロキョロ見渡し真っ青な顔しながら、どうしよう……誰か……と呟くしか出来ない。

 この世界の事をあまり知らないという自業自得に加え、ここは王都で、地理もろくに理解していない。

 交番のような何か……警察のような存在……兵士?どこに行けば?誰に言えば??そんな事をぐるぐる考えていたら、ふいに声がかかった。


「……おい、どうした」


 今世で声を聞いた事はないが、前世では聞いた事がある。ゲーム画面から流れる、とある声優と同じような低く威圧がある声に、私は出会いたくないし関わり合いたくもないと思いながらも、今はこの人に頼るのが最善策のような気がした。


「た……助けて下さい!カローラが!」


 ピクリと眉間が動くだけなのは、とっとと要件を言えという事だろう。私はカローラが破落戸に囲まれて、そこの路地裏に連れ込まれた事、私の従者が咄嗟に追いかけた事を伝える。


「来い」


 ここに一人で残ったとしても、帰り道すら分からない。

 大人しく彼の言葉に従って後ろを付いて行こうとするも、その歩みは早く小走りになってしまう。

 流石……護衛騎士。王太子の婚約者が危険に晒されているというのならば何かがある前に駆けつけなくてはいけないもの……と思っていた所に、ふと思い出した。

 これ……ヒロインが歩むべきルートをカローラが行っていないか?と。

 暴力でヒロインを支配するジルベール・パキエの背中を見ながら、私の背筋に寒気が走った。




 ◇




 破落戸に囲まれ路地裏に連れ込まれたのは、こちらとしても願ったり叶ったりだった。

 アイビーならば身を隠して消えているだろうし、それが裏世界である可能性もある。一般的な侯爵令嬢である私に、そんな繋がりなんてない。ないからこそ、こんな小者でも縋りつきたい気持ちだった……頭を下げるという意味ではないけれど。


「人を探してるの」

「は~?お嬢ちゃん、自分の立場をわかってんのか??」

「銀の髪をしていて瞳の色は緑で……」

「人の話を聞いてんのか!!」


 話を無理矢理進めようとした私に、破落戸の一人が手を上げた瞬間……


「やめろ!!」


 大声を張り上げてポピーが乱入してきた。私の前に庇うように立つポピーに思わず盛大な溜息を吐いてしまう。


「……死体が出来たらどうするのよ……」

「死ぬ気はないですが……ていうか、お一人では無事という自信が?」

「そりゃー……」


 バッチリ今でも筋トレしてるしね!と言いたい言葉を飲み込んだ。どうあがいても外見には現れる事がない筋肉だが、それなりにプロポーションが良いのはきっと運動のお陰だと思う。

 テニスのボールもラケットもないのが残念だけど、私は身体を動かすのが本当に大好きなのだ。お忍びで狩りをしたりしている程。動体視力や反射神経もきっちり鍛えています!


「……男性五人相手でも?」

「増えたわね」


 女一人に大人げない……と溜息をつきたくなってしまう。プライドとかメンツよりも金なのか、憂さ晴らしなのか……どちらにしてもロクでもない。

 とりあえずこちらとしての要件は一つだけだ。向こうのイチャモンは完全に無視する。


「アイビー知らない?」

「知らねぇよそんな奴!!」

「金寄越せって言ってんだろ!!」


 結局同じ事しか言わないようだが、知らないというなら用済みである。

 帰ろう、とポピーに声をかけて、スタスタとポピーの前に出て破落戸の方に向かって歩いて行くと、後ろからポピーは驚きの声をあげ、目の前に居る破落戸は驚いた顔をしていたものの、すぐさまニヤリと意地汚く顔を歪ませると、拳を握り締めて手を振り上げた。


「だから!!!」


 呆れるような、困ったような、怒ったような、心配そうな、色んな感情を含むかのような叫び声をポピーがあげる。

 私は、振り上げられた拳を見て、そして……避ける。

 破落戸達は驚きに目を見開くが、私は見切れる早さしかない攻撃と、そしてそれに対して反応し動く事が出来る自分に思わず頷いた。

 断罪後に何があるか分からないから、昔からこっそりとアイビーに頼んで特訓していたのだ。女だから攻撃が軽い……というならば、得意の素早さを生かす方法で、避けて、そして急所を狙う……。

 アイビーの教えを頭の中で反芻し、私も思わず悪い笑みを浮かべた。




 ◇




 舞うように軽やかに身体が動く度、的確に相手の急所を付いて意識を奪っていく。

 破落戸の動きもそれなりなのに、カローラはそれ以上に美しく素早く身をこなす。あの柔らかに見える動きは侯爵令嬢としての教育から滲み出たものなのだろうか、とさえ考えてしまう程だ。

 時間にして数秒なのかもしれないが、劇の一幕を見ていたかのような時間に思え、全員が地に伏した時でさえ誰も言葉を発せなかった。

 ポピーも、私も…………そしてジルベールさえ。


「……えっ」


 一息ついた後に私の存在に気がついたカローラは、一瞬だけ笑みを浮かべたが、私の隣に居る人に気が付くと、すぐその顔を強ばらせ、短く声をあげた。

 ポピーもその声に反応するかのように、ジルベールへ視線を向けると、私の方へ心配そうに走り寄ってきた。

 私達三人は全員がジルベールへ視線を向け、彼の動向を注意深く探った。本来のルートではヒロインが破落戸に囲まれて、ヒロインは果敢に挑んで行くのだが……ヒロインは腕力で叶わず、結局ジルベールが結果的に助けたという訳だが……今回は舞台が似ていても悪役令嬢だし、更にいうならばジルベールは助けていない。

 言ってしまえば見ていただけだ。令嬢らしからぬカローラの行動を。

 ……何かセドリックが好きそうな場面だな、なんて思っていたら、ジルベールがカローラへ向けて一歩踏み出した。

 その行動にカローラの肩が目に見えて分かる程に上下し、私とポピーは息を飲んだ。


「カローラ嬢」


 ジルベールがそう口にすると、カローラの前に膝をついた。

 その行動に私やポピーだけでなく、カローラも目を見開いて驚く。

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