第39話

「アシャール公爵よ!」

「きゃーーー!!!」


 窓の外から聞こえる令嬢の叫び声に私とカローラは思わずビクっと身体をはねさせたが、その後に響く馬車の音と、残念そうな令嬢の声から、公爵が私達に会う事なく学園から去った事が分かった。


「……平和ね」

「そう言えば、王太子が公爵とよく会ってるって言ってたし、迎えにでも来たのかな?」

「物凄く平和ね」


 カローラの言葉に私がそう返せば、とても感慨深く同じ言葉が返ってきた。

 確かにそうだ。公爵と会う事は恐怖だし、カローラに至っても王太子と会いたくもないだろう。一時期の事を思えば、どんどん距離が遠ざかっているのは、こちらとしてもありがたい。

 ただ、それだけ未来がどうなるか分からないだけだ。通常ならばそれが当たり前でも、良くない未来が前提として置かれている身としては、先の不安は比較にならない位に恐怖しかないわけで……。


「大丈夫ですよ。もしもの事があっても、暗殺や乗っ取り等から、国外逃亡や自給自足生活までおまかせ下さい」

「自給自足って……何を教えたの?」

「……スローライフも良いなぁって言っちゃったの……」

「それより前半に不穏な言葉があった気がする」


 アイビーの言葉に私とカローラが会話するも、問答無用でポピーが突っ込みを入れる。うん、そこは無視したかったな、スルーしたかったな。てかカローラも一体何を推しに教えてんだ!?二人で自給自足……むしろアイビーが居れば問題なさそうで一家に一台アイビー欲しいとかさえ思える!


「リズも国王が認めて事業拡大しているなら、それなりに逃げられそうよね」

「むしろ事業しかしてない気がする……」

「青春とは……?前世で終わらせた?」

「言外に年上を匂わせないで」


 確かに学生生活を謳歌しているわけでもない気がする。仕事仕事で追われて、前世より遊んでいない気がするけれど、今世でこんなに仕事って楽しいんだと初めて思えた程ではある。一緒に仕事をしているのがポピーだからだろうか、それとも楽しい事を仕事にしているからだろうか。一人だとここまで出来なかったし、実際に苦手書類が山積みにでもなれば放り出していたと思える。

 恵まれた現状に感謝をしながら、先行きにまだまだ若干不安があるのだけど……。


「久しぶり~!!」


 和やかとは少し言い難い会話の中、ノックもなしにいきなり入室してきたのは言わずもがなセドリックで、やはりと言うか何と言うか、セドリックの後ろではシャルルが片手で頭を抑えて溜息をついていた。

 うん、実力主義の魔術師に教養を身につけろと言うのは、とても難しいのだろうか。いきなり入室されると驚きすぎて心臓に悪いわ…………。


「ノックというものを学んで下さる!?」

「大丈夫だよ、二人がいちゃついてるのは理解してるから」

「そういう問題でもないのだけど!?」


 混乱し慌てたように言うカローラに的外れな言葉を返すセドリックを、シャルルが前に出て頭を下げた。


「申し訳ありませんが、魔術馬鹿に何を言っても無駄ですので」

「ひどっ!」


 その言葉に対しても、本気で怒る事なく返すセドリックは楽しそうに笑っている。


「何がそんなに楽しいの?」

「あ、そうそう。卒業パーティ、その二人にエスコートしてもらえる?」

「へ?」

「え?」


 セドリックからのまさかの発言に、私とカローラは呆気に取られた声を出して、呆然とする。


「エスコートが変わった、お楽しみ?」

「面白い事があるんですよ」


 ゲームのシナリオを知っている二人は何かを含んだかのようにだけ告げ、未だに呆然としている私達を置いて部屋から出ていった。

 ゲーム本来の道筋ならば、誰かを攻略していた場合、ヒロインはその誰かにエスコートをされる。カローラも王太子ルート以外ならば王太子で、ヒロインが王太子ルートを選んでいた場合は一人で入場していた筈だ……。

 ちなみにヒロインが誰も攻略出来なかった場合は、ヒロインが一人で入場するだけなのだが……。


「……どういう事?」


 そう呟いたカローラは視線をアイビーに向けたので、私も釣られてアイビーに視線を向けてしまう。というか、アイビーなら知ってそう……いや確実知っててもおかしくない!という気持ちがある。

 ポピーもそう思ったのだろうか、若干睨むかのようにしてアイビーに視線を向けたが、三人の視線をものともしないかのようにアイビーはカローラにだけ視線を向け微笑んだ。


「っ!!」


 稀極まりないアイビーの笑顔だが、カローラの心臓にとっては最終兵器レベルなのだろう。顔を真っ赤にしてカローラが俯いて、顔を両手で抑えて呼吸を整えているが、私とポピーは思わず顔を見合わせ……。


「……カローラにとって悪いようにはならないって事よね……」

「リズにとっては分からないけどね……」


 そんな会話をしながら肩を落とした。

 アイビーのカローラ中心は嫌という程に理解しているからこそ、私も無事でいられる未来でありますようにと願う。


「……ドレス……どうしようかな」

「一緒に作りましょう!」

「軽いやつが良いな」

「流行とかもうどうでも良いわ」


 完全なる現実逃避のように呟けば、カローラが顔を上げて叫んだ。むしろこっちとしても願ったり叶ったりではある。そして流行も貴族らしさもどこ吹く風といった感じで、前世で知るシンプルで好みのドレスのアイデアをお互いに出し合って、色だけパートナーにそろえたものにしようと決まった。




 赤茶をメインにした私と、銀をメインにしたカローラのドレスは右肩だけあるワンショルダーで、首元から左手首にかけてレースが施されている。

 Aラインのドレスはフロントの丈部分を短くしたフィッシュテールだ。ちなみにがっつりギャザーを寄せてもらった上に左右非対称の仕上がりとなっていて大満足!!

 下手に飾りが多いわけでもないから軽く、ドレスの足さばきも楽で歩きやすい。……まぁ、思いっきり足さばきを見られるというデメリットはあるけれど、そんな事を気にするのは止めだ。

 ドレスの前部分を膝で蹴り上げるように歩いて、裾を踏まないようにする方がずっと面倒だもん。

 あまり肌を見せるのはよろしくないと言えど、今回は思い切って膝下くらいまで出してある。私が入場した時には会場がシーンと静まり返っていたて新しい商品?なんて声まで聞こえてきたが、カローラが入場した時に、それは大歓声となった。

 動きやすそうだとか軽そうだとか。足を見せる事により靴元も飾ったからか、おしゃれの幅が広がるとか。年をとると裾裁きが大変だとか。うん、そうだよね。どれだけ蹴り上げるんだって話だよね。蹴り上げて、更に前へ裾が流れるように蹴飛ばさないといけないからね。…………平民ばんざーい。ドレスは見てるだけで十分だーい。

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