第40話
「リズ」
静かに始まる卒業パーティ。カローラはすぐに私の元へ歩み寄ってきた。二人が並ぶとお揃いのドレスが更に目立つのか、周囲の令嬢達は騒めき、感嘆の声を上げ、ジッとこちらを見つめている。
落ち着かない!!
「何か色々と変わってきたかのようで……?」
「修道院でも追放でも良いのだけど……婚約破棄は確実にしてほしいけれど……まぁ……」
カローラが少しどもりながら後半から声を落とした。どうした?と思いながらカローラを見つめると、アイビーが不適な怖い笑みを浮かべて口を開いた。
「一緒に逃げれば良いだけです」
「っ!!」
「あーはいはい」
だろうと思った。と思いながらもカローラは相変わらず顔を真っ赤にして反応している。
王太子妃になりたくなくて、前世の記憶から貴族に馴染み辛いと言うならば逃げる一択で良いとも思えるし、むしろ逃げられるのは羨ましいとさえ思う。
今夜のエンディングがどう転ぶかドキドキしながら、カローラへの嫉妬心が沸き上がる。私も逃げたい!!
「……リズは色んな意味で逃げられないわよね……事業とか事業とか事業とか」
「むしろ事業だよね。陛下に目をつけられてるもんね」
そんな事を話していると、会場が騒めいた後、大きな声が響いた。
「カローラ!!カローラ・ティダル侯爵令嬢!!!」
響く声は、まるでゲームのようで……声の主は言わずもがな、聴き慣れてもいない王太子殿下だ。
「私、攻略した覚えはないんだけど」
そう言って無駄に胸を張ってしまう私に、カローラも背筋を伸ばして。
「……私も追放されようが問題はないけれど……」
と言いながら、声が聞こえた方に向けて歩む。
つい興味があって、野次馬のように私もカローラの後を追いかけると、人が割れた先に王太子が見えた。
「あれは……何?」
「まさにヒロイン以外はゲーム通り……?」
視線の先に見えたものに、私は呆気にとられてしまい、カローラは困惑している。
堂々としている……わけでもなく、どことなく申し訳なさそうなフェリクス王太子殿下と、素知らぬ顔のクロヴィス公爵。王太子の後ろに控え少し困った様子のジルベール騎士団団長補佐。そして、笑いを堪えるかのようなセドリック魔術師団団長と、満足そうに微笑むシャルル宰相補佐。
そんな五人に囲まれているのは、どことなく夜の蝶を思わせるような胸元や太ももを露出させ、身体のシルエットがよく分かるドレスを身にまとって、睫毛バシバシの濃い化粧を施した令嬢だ。
うん。まつエクとか思い出すな~……そんな技術この世界にあったっけ?炭でも塗った?と思ってしまうのは私だけかー?
「私もそう思う……というか……これ逆ハーエンド?まさかの?公爵まで??」
「あ…………」
心の声が聞こえてたのか、カローラが同意を返したけれど、その後に続いた言葉に私は声を失った。
逆ハーレムエンド。攻略掲示板が荒れに荒れたエンドだ。美形に囲まれたヒロインという素晴らしいスチルはともかく、そこに書かれるシナリオは鬼畜の所業だった。拉致、監禁、暴力、監視……全ての攻略対象者達の捌け口になるというもので、最終的にどうなったのかは、はぐらかすように曖昧な表現となっていた。
これで本当に乙女ゲーと言えるのか……むしろ恋愛ジャンルとは程遠いとすら思えるし、むしろ血なまぐさく感じる程だ。
「まぁ……」
「あの令嬢、性懲りもなく」
「下品なドレスね。流石だわ」
私達が呆然と立ち、殿下達がこちらへ向かってきている間、周囲に居る令嬢達の微かな声が耳に入った。
どうやら殿下や公爵を筆頭に終始ベタベタと引っ付いていたり、常に付きまとったり、距離が近かったり、胸を押し当てたり……いや何してんの!?
「アイビー……知ってた?」
「性を振りまく謎の物体が存在していた事は知ってましたよ。害にはならないと判断しましたが」
カローラの言葉に毒舌を返すアイビーだが、確かに害どころか変わりにイベントこなしてくれたの!?ありがとう!と言いたくなる程だ……。
ただ……。
「……性を振りまく攻略イベントあったっけ……?」
「ないわね」
私の言葉に、カローラはそう断言した。
そもそもヒロイン以外が攻略出来るのかという疑問もさながら、攻略方法も一味違うような気がする。確かにヒロインは自由奔放で教養マナーが出来ていないという一面はあるが……あの露出具合はどうなんだ。
カツン、と王太子が靴を鳴らした音で我に返る。カローラの前に立った王太子は隣に居る令嬢の腰を引き寄せたが、王太子の後ろに居るシャルルの口角は上がり、セドリックに至っては顔を下に向けているが肩が震えていて、手をお腹に当てている辺りで笑いを堪えてるのが分かる。
思わず引きつった笑顔になった私とカローラに、王太子はピクリと眉を歪めて反応すると、令嬢は怖いですぅなんて言いながら王太子に身体を寄せて胸を押し当てた。
うーん……前世でも、ここまで露骨なアピールをしてる人を私は見たことがないのだが……本当にそんな手段を使う人が現実に居るんだ……なんて関心してしまう。
「………………殿下、その方は?」
とりあえずゲームの断罪イベント通りに進めるのか、たっぷりと間を置いた後にカローラは問いかけた。ただ、ゲームと違うのは怒り狂ったカローラではなく、思いっきり困惑しかしていないカローラになっているのだが……そしてヒロインである私はカローラから半歩下がった感じで隣に居る。
「モナの事か。彼女はミモナ・エディエス子爵令嬢だ」
「愛称呼びですか」
どことなく牽制を思わせる愛称呼びに対して、一応婚約者としての肩書きがあるカローラは首を傾げながら返した。誰とも知らない子爵令嬢相手に何で?と言わんばかりなのが分かるのは私の立場からだろうか……。
愛称で呼ぶと言う事は親密な仲であると周囲に言ったようなものだ。……いや、もう腰に手を回してる辺り、親密でしかないんだけどね。
カローラの返しにキャッと短い悲鳴を上げて子爵令嬢は王太子の胸に飛び込むような形で顔を隠した。うーん、あざといとはこういう事を言うのだろうか。メイクやファッションを研究して頑張っていたが、こんなテクニックなんて研究した事なかったよ……というか出来ると思えないよ前世の私……。こんなのを目の前で見ていると、思わず意識が斜め上に向いてしまう。
「カローラ!!」
王太子の大きな声で思わず肩がビクリと震える。それはカローラも同じだったようで、少し肩が震えたのが視界の隅で見えた。
本来のイベント通りなら、ここでヒロインを怯えさせるなと言う叱責があったりするわけだが……いや、ヒロインじゃないか。どこぞの子爵令嬢か。
「お前との婚約を円満に白紙へ戻したい!俺はモナを俺に依存させたいんだ!」
「殿下……」
円満に白紙……というか、感激したかのように声を震わせている子爵令嬢に言いたい。その言葉の裏に潜んでいるドエス具合、理解していますか?と。
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