第17話

「こちらを試してみて下さい!」


 あれから大体一ヶ月後。まさかまた会うとは思わなかった……というか、セドリックの後ろには手を合わせて謝っているようなジェスチャーを繰り広げているのはカローラだ。

 今回、セドリックを連れてきたのは紛れもないカローラなわけだけど……セドリックが対面しているのは私ではなく……。


「ありがとうございます。では新しい道具を使って試す職人達を厳選するところから始めますね」


 ポピーが置かれている魔道具を眺めながら、セドリックに感謝の意を伝えていた。


「どういう事よ」

「なんか憑いてきたんだって。渡したいものがあるからって」


 何やらカローラとアイビーが馬でこちらに向かおうとした所に捕まって、スピードを出しても食らいついてきたらしい。そんな鍛えてるようには見えないんだけどね。あ、それを言ったらカローラもか。


「カローラ嬢はご令嬢でありながら素晴らしい運動神経なのですね」

「ヒッ」


 いきなりセドリックに話題にされて、カローラの口から小さな悲鳴が漏れる。


「ジルベールが知ったら興味を持ちそうだ」

「カローラ嬢は王太子殿下の婚約者です」

「そうだった」


 まさかの騎士団団長補佐の名前まで出てきて、アイビーは嫌そうな顔で王太子の名前を使って牽制していた。

 まぁ……暴力大好き男とどエスなら、どエスがマシ……なのだろうか?


「しかし、こんなアイデアはなかったよ。ポピーは凄いね」

「滅相もありません。これも皆が色々意見を出し合って出来たものに過ぎません」

「ふーん。大勢の力ってやつ?」


 今回セドリックが魔道具として作って持ってきてくれたもの。

 まず泡立て器。これは形状から既にアイビーやポピーも驚いていた。メレンゲとかどうやってるの?って聞くと、フォークや木の枝を集めたようなものだと言うから、こっちが驚いたわ!

 そして冷蔵庫と冷凍庫。これには顔に出さないものの大喜びだ!食事は暖かいうちに食べる、冷めたら美味しくない、という固定観念もあるのか、冷やしたり凍らしたりというのは正に驚きらしい。

 いやいや、保存も長くなるんだけどね。採りたてを食べるという最高の贅沢をしている人達には想像もつかないんだろうなぁ。前世に比べれば今世の方が、野菜おいしいんだよね……。

 そして最後はチョコを作るだろう機械だ。そもそもカカオ豆自体が発酵を経ている物なのだけれど、工場を視察しただけで、ここまで作れるのだろうかという程だ。


「これでチョコが大量に作れると良いんだけど!」

「職人を育成しようと思っておりますので、それ次第になりますね。領民への仕事斡旋に繋がると良いのですが」

「凄いね!それ良いね!是非とも王都に店を出して欲しいね!魔道具ならいくらでも作るよ!」


 どんだけチョコが気に入ったんだ。

 発酵させるだろう機械、焙煎させるだろう機械、細かく粉砕させるだろう機械、皮を取り除くだろう機械、すり潰すだろう機械。

 しかも、なかなかの大きさを誇ってくれてるわけで……。え?これどこに持ってたの?


「唯一アイテムボックスを作れるのよ……」

「あぁ……」


 私が疑問に思ってた事に気がついたのか、カローラが小声で教えてくれた。ゲーム内でもある意味ご都合主義的な魔術師団だったりするから、そんな設定たまに忘れてしまうが、そこから色んな拘束具を出したり、魔道具として作ったり……いや止めておこう。思い出したくもない。

 スチルでがっつり出されなかったから良かったと思っておこう。私にそんな趣味はない!!!


「じゃあ定期報告や結果よろしくねー!改良点あれば教えてねー!カローラ嬢が良ければ経由してー!お土産もよろしくね!」


 そう言いながらカローラにアイテムボックスを渡していて、カローラは驚きに目を見開いていた。

 それだけでも十分国宝級になると思うんだけど……そんな大量に欲しいのか、チョコ。

 笑顔で王都へ戻っていったセドリックだが、一切金銭は請求しなかった。勿論、その価値は多大なもので、後でそれを知った父は口から泡をふいて倒れたと侍女経由で教えられた程だ。






 魔道具のおかげでチョコ作りが捗り、それによってショコラティエの育成をして、焼き菓子のトッピングや、チョコだけのスイーツを作ったりしている。まぁチョコの量的にトッピングとしてかけるのが無難にはなっているけれども。

 十二歳の誕生日パーティでは、領民達でチョコパーティなんて事をしたり、カローラやセドリックが外に漏らさないようにしていても、見事に噂として各方面へ広がっていったようだ。

 美味しいものを食べたかっただけなんだけどなー。

 挙句カカオ豆の栽培にまで乗り出しそうとかカローラが言い出して苗木を送って来たりした。気候的に大丈夫なのかと言ったら、庭に苗木が植えられてるのを見たセドリックがカカオについて調べた上に温室のようなものを作ってきた。

 この二人って本当に甘いもの好きだな!?私も人の事を言えないけどさ!!

 そして、たまたまココアみたいなものが出来たので、そこから料理人達に試行錯誤してもらいココアパウダーのような物を完成させてケーキを作っていたりしたら……見事に父から呼び出しがかかった。


「リズ……事業としてチョコ作りをしてみるか?」

「やります!!!」


 言いにくそうにした父だったが、私の元気良い返事で更に後ろに頭を仰け反らして、苦悶の表情を浮かべていた。


「くそ……娘には苦労かけないよう大切に大切に育てるつもりだったのに……」

「いや、十歳まで平民としてしっかり生活していたし。むしろ平民に戻りたいし」


 どうやら大分娘馬鹿らしいけれど、そんな事を言ってもこっちは平民生活の方がまだ長い人生なんだ。私がそう返すと悲しみ溢れた顔をしていたが、本心です。もう野に放って下さい。

 ジッと様子を観察されたが、私が本心から言っていると分かったのか、更に項垂れて父は話しだした。


「……国の歴史や貴族マナーよりも経営学や算術の方が得意だと聞く……」

「誰しも興味がある事の方が学ぶ意欲が出るというものです」

「……商売についてや領地運営についての本も読んでると聞いたが」

「平民として自活する為、必要かと思ってしっかり読んでます!」

「…………どこかの貴族子息と結婚して夫人として生きる道は……」

「何その地獄」


 父は顔を覆って、机に突っ伏して身体を小さく震わせている。いや、女なら誰しも望むのがそんな未来という訳ではないからね?むしろ清々しいくらいに、攻略対象は変態しか居ないからね?そう考えたら、残りの貴族だって奇人変人でもおかしくないと思うの。この世界は狂ってると思うの。

 ある意味で、愛を貫いた素晴らしい男爵という側面もあるけれど、貴族としての役目を果たす事が出来なかったヘタレという側面もある父のように。

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