第28話 土下座
「本当にっ!すみませんでした~~っっ!!」
渾身の謝罪の言葉と共に、額を床に擦り付けるアユリス様。
生の土下座を見るのは初めて経験だったが、それがまさか女神様の土下座になるとは思ってもみなかった。
電車を乗り継ぎ、無事帰還した俺たちオカルト研究部は駅前で解散したのだが、途中で言われた通り、部長が俺の家に寄っていくことになったのだ(もちろん俺に拒否権はなかった)。
内心、部長がどういうつもりでそんなことを言い出したのか分からなくてビクビクしていたのだが、帰宅し、俺の部屋で当たり前のように漫画を読んでいるアユリス様を発見した所で、部長の意図をなんとなく察した。
要は部長は、自身の過去を無断で覗き見たアユリス様を糾弾するつもりだったのだ。アユリス様がいるのは大抵「女神の間」か俺の家なので、先に俺の家を確かめておく算段だったのだろう。
「はあ……、ほんとに酷いよね……。人の触れられたくない過去を勝手に暴いて、さらにそれを他の人に言いふらすなんてさ……。これはもう“絶交”かな……」
「え、あ、えええ……!許してよ、桐子ちゃんっ!私も悪気があったわけじゃないの!……ただ、桐子ちゃんのことが心配だっただけで……」
「ふーん、そうかい。ボクのことを心配しているなら、ボクに話してくれればいいだけだと思うけどね。わざわざライトを巻き込む必要はないはずだろう」
「い、いや、私もそのときはどうしたらいいか分からなくて……。あなたと仲がいいライトくんに相談すれば何かいい案が出るかなー、とか思っちゃったりしちゃったりしたわけで……」
口ごもるアユリス様。
そのお姿にはもう威厳もへったくれも無い。親に叱られる子供のように縮こまって、部長に許しを乞うているのだった。
俺も部長の秘密を話される時に、それを拒もうとしなかったという点では実質同罪のようなものなのに、こうしてアユリス様だけが叱られているのは少し可哀想に思う。
いや、人間に哀れまれる女神ってなんだよ、という気はするけれども、でもそろそろ仲裁に入った方がいいかもしれない。
単純に、このまま騒がれては近所迷惑だし。
「まあまあ、部長。そろそろ許してあげてもいいんじゃないですか?こうして頭も下げてるわけですし」
俺がそう言うと、部長はこちらに矛先を向けて捲し立てるのだった。
「はあ?ライトはちょっと黙っててくれるかな。というか、ライトの家にアユリスがなんの断りもなく上がり込んでいるこの状況はいったいどういうことだい?勝手に入り込んでるアユリスもそうだが、それを黙認しているライトもイカれてると言わざるを得ないな。……ああ!そうか、二人はセ〇レなんだね!セ〇クスフレンド、略してセ〇レなんだね!!それなら納得だよ!すまないね、セ〇クスの邪魔しちゃって!」
「違うわ!なんてこと言ってんですかあんたは!!」
「そ、そうよ!この女神であるこの私が、こんな路傍の石みたいな男とそんな事する訳ないでしょ!?」
「なんてこと言ってくれてんですか!?」
ダメだ。事態を沈静化するどころか火に油を注いでしまった。それどころか、燃え上がってこちらに飛び火してしまうんだから元も子もない。
……しばらく黙っておこう。
そう俺が判断してから、約1時間ほど経過したところでようやく事態は収まりを見せた。
土下座の派生系なのかは分からないが、アユリス様が見事な三点倒立を披露したことで、部長が許しを与えたのだ。
許しを与える。それは本来、女神の仕事であるようなイメージだけれども……、もう何が何だか分からないな。
「……ボクのことを思ってくれるのは嬉しいけど、これからはちゃんとボクも話に混ぜること。仲間外れにされるのが一番腹立つんだから」
「……はい。ずびまぜんでじだ……」
よし、一件落着したようだ。まあ、女神が半泣きになった状況を一件落着と認定していいのかは所説あるだろうけど……、とにかく、二人のわだかまりが解けたようで一安心だ。
〇
……でその後、程なくして俺たちは通常運転に戻り(女性陣の切り替えの早さには驚いた)、アユリス様に『廃村から異世界へ!山神様召喚ツアー』で遭遇した出来事について話した。
はじめは興味なさげに聞いていた彼女だが、例の幼女兼祟り神が登場したあたりで姿勢を正した。
「へえ~、廃村で祟り神に会ってその最期を見届けた、と。また珍しい場面に直面したわねえ」
「正確に消える瞬間を見届けたわけじゃないけどね。でも、最後に見た彼女の顔、やっぱり少し寂しそうだったな……」
「人の思いが神を生かす……、的な話をしてましたけど、アユリス様の場合はどうなんですか?信者とかいるんですか?」
俺が尋ねると、ジャージ姿の女神様は頭を振った。
「いいえ、私はそういうのじゃないわね。多くの人に信仰される神ほど大きな力を持っている、という話はあるけど……、人に忘れられたからって、存在が消えてしまうなんてことはないわ。まあ、神って言っても各々事情が違うから、そのあたりは私にもよく分からないけどね」
「そうですか……」
神様本人にもよくわからないのか……。
といっても、俺が神の生死について知ったところで何の意味もないわけだけれど。
「それより、私が心配なのは桐子ちゃんよ。私の女神の間に迷い込んだり、今回みたく祟り神に会ったり……、最近、そういう類の不思議現象に遭遇しすぎじゃないかしら?」
「ああ、確かにそうだね。いい傾向だ」
良くねえよ。特に、巻き込まれる方は。
「……ここからは私の推測なんだけどね、桐子ちゃん、私に会う前から異世界に行くために色々と変なことをやってたんでしょ?」
「別に変なことはやってないさ。でもそうだね、かれこれ5、6年はやってるね」
「そんなにやってたんですか……」
よくなんの事件も起こさなかったな。最悪死人が出てもおかしくないだろうに。
「そうやってやってきた奇行の一つ一つは大したことのない、本来は全く無意味な行動のはずよね」
「別に奇行じゃないけどね」
どうでもいいだろ、そこは。
おちゃらけている部長と違って、アユリス様は真剣な表情だ。
「でももし、それらの行動にほんの少しでも異世界につながるような……、世界を歪ませるような力があったとしたら……。塵も積もれば山となる、みたいな感じで、今の桐子ちゃんは世界を大きく歪ませてしまう力を手に入れてしまった、とは考えられないかしら……?」
「……ほう、つまりこのまま異世界転移のために行動していれば、いずれ本当に異世界転移を引き起こしてしまうほどの力を手に入れられる、かもしれないということかい?」
無言でアユリス様は頷く。
正直言って、俺には二人の会話の意味がいまいち分からないのだが……。部長がこれまで行ってきた小さく世界を歪ませる行動の数々が積み重なって、世界を大きく歪ませてしまうようになった、ということだろうか?
そして、その結果がアユリス様や祟り神との邂逅だった……と。そういう解釈でいいのかな。アユリス様の推測なので、その信ぴょう性は疑わしいが。
「でも、もしそうならボクとしてはありがたいな。着実に異世界転移に近づいている、ということだし」
「桐子ちゃん、そんな考えはダメ、絶対」
ずいっと、アユリス様は部長の方へ身を乗り出した。
「次元を超えるような力なんて、人間に制御できるものじゃないんだから。もし私の推測が正しいなら、いつかあなたはひどい目に会う……だから、あまり無茶なことはしないでね」
「…………」
女神からの真摯な助言に、部長はバツが悪そうにしている。
珍しいこともあるもんだ。こうやって真剣な話をされるのは、部長と言えども苦手なのだろうか。
ただ、無茶なことをしないで、というのは俺の願うところでもある。
「……分かったよ。そこまで言われちゃあ仕方ない。これから過激なことは……多少……ちょっと……少しは自重するよ。もしするとなっても、一度アユリスに相談する」
「ん、そうして」
今のでいいのかよ。めちゃくちゃ言い淀んでいたけれど。
でもまあ、本人たちはいつの間にか手なんか握ったりして、仲よさそうにしているからいいか。ていうか、こんな距離近かったっけ?この二人?
俺の部屋なのに、完全に俺が蚊帳の外なんだが……。
なにはともあれ、長旅で疲弊した心身をさらに疲れさせる修羅場は、全編幕を閉じたのだった。
去り際に部長が放った、「ライトん家の麦茶、なんか不味いから違うやつ買った方がいいんじゃないか?」というセリフにより、修羅場・番外編が開幕しかけたが、そこはグッと堪えた。
……買い換えようかな……麦茶パック。
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