第8話 尋問
言うまでもなくその日の授業は散々だった。
常に眠気に襲われた状態で、10分の休み時間を全て睡眠に費やしたがそれでも思考がクリアになることはなかった。
授業後に手元のノートを確認しても、ただカオスが形成されているのみで何を書いているのか分からなかった。
これも全てヤツのせいだ、という強い憤怒の念を抱きながら、俺は放課後正門の前で部長を待ち伏せした。
これ以上彼女の好きにさせていては、俺の人生にまで悪影響が及ぶ。いや、既に悪影響を受けまくりであるが。
5分もしないうちに校舎から部長の姿が現れた。
両手で文庫本を開き熱心にその中身を凝視している。恐らく先週俺が買った「イセハゲ」の最新刊だろう。
そして何事もなく校門を通過しようとする部長の肩を俺は叩いた。
「ちょっと、部長」
部長が歩みを止めてこちらを振り返る。
「ん?なんだライトか。どうした、今日も部活は休みだぞ?」
「少し話したいことがあるので部室まで来てくれませんか」
「なんだよ改まって。愛の告白ならどこでも受け付けるのに」
「ぶっ飛ばしますよ」
気だるげな部長を無理やり引きずって部室に向かう。
そしてほこり臭い部室に入ると俺たちはテーブルを囲むようにしてぎしぎしと音の鳴る椅子に着席した。
「それで一体何の用だ。ボク、こう見えても忙しいんだけど?」
訝しげな視線を向ける部長対して俺は単刀直入に切り込むことにした。
「部長、ここ最近毎日『女神の間』に通ってるでしょ?」
部長は特に慌てふためく様子もなく「ほう」と感心したように言った。
「驚いたな。どうしてそのことを知っているんだい?まさかボクのことをストーキングしていたのか」
「違いますよ!昨日の深夜にアユリス様が俺の家に話に来たんですよ」
部長の眉がピクリと動いた。
「ふーん、深夜に女神様と二人っきりかい。卑猥だね、実に卑猥だ」
「卑猥じゃないですから」
そこで俺は思わず大きなため息をついた。
この様子だと特に悪いことしているつもりは皆無らしい。やはり俺が説得するのは難しそうだ。
しかし、女神様の頼みごとを無下にしてはバチが当たってしまうだろう。
できるだけのことはやってみよう、と心に決めたのだった。
「単刀直入に言いますけど、もうアユリス様のところに通うのはやめてください。すごく迷惑してるらしいですから」
それを聞いた部長は首をひねって答えた。
「迷惑?それはおかしいな。毎回手土産を持っていくと嬉しそうに受け取ってくれるし、この前なんか一緒に人生ゲームをやって大盛り上がりだったんだぞ」
「なんですかそれ、初耳なんですが……」
脳裏に人生ゲームで一喜一憂するアユリス様の姿が浮かんだ。
あの人は本当に部長を追い出す気があるのだろうか。話を聞いていると歓迎しているようにしか思えないのだが……。
「とにかく、もうエレベーターで女神様のところに行くのはやめてください。危ないですし、もし失敗して次元の狭間とかに閉じ込められたらどうするんですか」
「次元の狭間か……。それも面白そうだねえ」
にんまりと笑う部長。
ダメだ、アユリス様。この人を止められるビジョンが見えない。
部長の異世界に対する情熱をただの一般人である俺がどうこうできるわけがない。最初から負け戦だったのだ。
……ふと疑問を抱いた。
そもそもこの人の異世界への執念はどこから湧いてくるのだろう?
面白そうだから、というようなことはしょっちゅう言っているが、それがなぜ異世界でなければならないのかが不明だ。
オカルトならもっとメジャーで活気のある分野があるだろう。UFOとかUMAとか心霊とか。
「部長はどうしてそこまでして異世界に行きたいんですか?」
無意識のうちに尋ねていた。
「そりゃあ、異世界ってすごく面白そうだからだよ」
「そうじゃなくて、なんで異世界じゃないとダメなんですか?面白そうなものなら世の中にたくさんあるじゃないですか」
真顔で質問する俺を見て、部長は気恥ずかしそうに人差し指で頬をかく。
「な、なんだよ。今日はやけに質問攻めしてくるじゃないか。別にどうだっていいだろう、そんなこと」
「どうでもよくありませんよ」
俺がきっぱりとそう答えると、部長は今日初めて驚いたように目を大きくした。
「……だってそうでしょう、部長に振り回されてるのは俺なんだから。どうして部長が異世界に行きたいのか知っておかないと……、なんというか……、ついていく気になれませんよ……」
自分でもうまく喋れていない自覚がある。
とにかく、部長の動機を知らないままこれ以上付き合うのは、心に靄がかかったようでなんだかやりづらいのだ。
二人共が少し黙った後、部長は「分かった」と口を開いた。
「確かにそうだ。ボクは君という人間を少し蔑ろにし過ぎていた。だから話すよ。どうしてボクがこんなにも異世界に恋焦がれているのかを」
そしてオレンジ色の光が差し込む部室で、部長という人間の起源についての話が始まったのであった。
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