第7話 相談
扉の先にいたのは紛れもなくあの時出会ったの女神様であった。その表情は何故か不機嫌そうだ。
純金製の長髪に吸い込まれるような碧眼。先程深夜にも関わらず目が眩んだのはこの美しさのためだった。
しかし、一点だけあの時とは異なる点がある。それは身に纏う衣服があの純白のドレスではなく、黒地の布にピンク色のラインが走ったジャージになっている点だ。
一体どういうことだこの状況は。なぜジャージ姿の女神が俺の家を訪ねに来たのか。というかなぜ俺の自宅を知っているのか。
瞬時に思考を巡らすが特に納得のいくような答えは導き出されなかった。加えて、今なお鳴り続いているチャイムの音がこれ以上考えることを阻んだのだった。
俺は諦めて扉を開けることに決めた。
ゆっくりとドアノブを回し、頭を出せるぐらいの隙間を開ける。
「やっと出てきたわね」女神様は言った。
「……なんなんですかこんな時間に。二度と関わらないで、とか言ってませんでしたっけ?」
「寝てるとこを起こしちゃったのなら悪かったわよ。でも緊急事態なの。中、入れてくれる?」
「え?なんでですか……」
「いいからいいから、色々言いたいことがあるの!」
「ええ……」
そんな感じで女神様は俺の意思など完全に無視して我が家に侵入してきた。
仕方なく自室に通し、小さいテーブルを挟むような形で座布団に座ってもらい、俺たちは対面した。
「……それで、一体女神様がどんな用事でこんなボロアパートに?」
「……アユリス」
「え?」
「アユリスよ。私の名前。女神様って呼ばれるとなんだかむず痒いからやめて」
「あ、はい。じゃあアユリス様。今回は一体どのようなご用件でいらっしゃったのですか?」
「あなたの敬語、なんかすごいムカつくんだけど、まあいいわ。今日ここに来た理由はたった一つよ」
するとアユリス様はずいっと俺の方に顔を寄せてきた。ふわりと嗅いだことのない花の香りがした。
「咲也くんだっけ?あなたとあの時一緒にいた原桐子とかいう女。あいつがここ最近、毎日のように私の『女神の間』に入ってくるのよ!!」
「ええ!?」
驚いて大きな声を出してしまった。彼女の言う「女神の間」というのは文脈から察するにあの真っ白でだだっ広い空間のことだろう。
最近オカ研が休止になっていた理由が分かった。部長は俺に内緒であの「女神の間」とかいう場所に入り浸っていたのだ。最初にエレベーター儀式が成功した時と同じ条件にするために、放課後すぐに帰宅して仮眠を取り、深夜に行動していたのではないだろうか。
なるほど。よくよく考えると部長がやりそうなことではあった。
アユリス様は酷く疲れた表情で話を続けた。
「やってくる度に二度と来るなとは言ってるんだけど全く聞く耳を持たないの……。それどころか、ケーキとか持ち込んできてものすごいアプローチしてくるのよ。……まあ、それはありがたくいただきましたけど……」
「いただいちゃったんですか」
「しょうがないじゃない!あの子が無理やり置いて帰るんだから!そんなことより、あなたにはどうすればあの子が二度と私のところに来なくなるか考えて欲しいの!!」
「そんなこと言われてもなあ……」
明らかに人間の上位存在である女神が止められない人間を俺ごときがどうこうできるわけがない。現時点でも部長に振り回されてばかりなのに。
少し頭を抱えた後、一つの疑問を抱いた。
「……というか、あのエレベーターが女神の間に繋がらないようにすればいいんじゃないですか?そうすればいくら部長でもどうにもできないでしょう」
アユリス様はため息交じりに答える。
「そりゃあ私だって馬鹿じゃないんだから、真っ先にそうしようと思ったわよ。でも、なんだか致命的なバグがあるらしくてね。エレベーターを直そうとすると他の部分でもっと大きな問題が発生するようになっちゃってるみたいなの。だからお手上げってわけ」
「そうですか……」
またしばし考え込む。
「……じゃあアユリス様に関する部長の記憶を消すのはどうですか?そういうことができるって言ってましたよね?」
「うん……、私もそういって脅しを掛けはしたわよ?でもあの子、あの日の出来事を詳細に記録しているらしくて、『記憶を消したくらいじゃ無意味だよ』って自身満々な感じだったわ。まあそれに、その手はあんまり使いたくないわね。非人道的というか……、下手すれば脳に異常を残すことになりかねないから」
「それは確かにダメですね……」
長い沈黙が続いた。俺たちは完全に行き詰ってしまった。
それ以前に全く頭が回らない。ふと時計をみるともうすぐ午前4時を迎えそうだった。
そこで俺は提案する。
「明日……、というかもう今日か。今日学校で部長に会って話しをしてみるので、一旦解散しませんか?俺も少し寝とかないと……」
それを聞いたアユリス様は諦めたようにため息を漏らす。
「はあ……、それもそうね。いつまでも座ってるだけじゃ何も解決しないわ」
アユリス様はゆっくりと立ち上がり、
「それじゃあおいとまさせてもらうわ。夜遅くに悪かったわね」
「いえいえ、こちらこそ役に立てなくてすいません」
「あなたが謝ることじゃないわ。本来私がどうにかしなきゃならない問題だもの。でも、一応頑張って説得してみてね。あんまり期待してないけど」
「ははは……、善処します」
そうこうして玄関の扉に手をかけて外に出ようとするアユリス様に対して、俺は最後に一つ質問を投げかける。
「……そういえばアユリス様。なんで俺の家が分かったんですか?」
するとジャージ姿の美少女は純粋無垢な笑顔をこちらに向けた。
「私、女神ですから」
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