第35話 バカンス
俺をダサい呼ばわりするだけあって、部長の水着姿は……結構おしゃれな感じだった。
紺色の生地に白いフリフリがついた水着で、露出はそれほど多くはないが、大人らしい色気と可愛らしさを両立したデザインだ。
「どうしたライト?そんなにまじまじとボクのことを見つめて。もしかして、ボクの水着姿に見惚れちゃったのかな?」
ニマニマと笑う部長。
「……いや、意外だなーと思って……。部長のことだからスクール水着でも着てくるんじゃないかと思ってました」
「ボクのことをなんだと思ってるんだ!変な想像はやめてくれ!」
「はいはい、いちゃつくのはその辺にして、早く遊びに行きましょ」
「別にいちゃついてはないですよ!」
〇
俺たちがまず向かったのは建物の外、竜宮城の北側にあるビーチだ。
そう、海中なのにビーチがある。どういう原理かは知らないが、あるものはあるのだ。
「…………ぐはあっ!」
そして、そこで俺は……。
「どうしたライト~、そんなんじゃ試合にならないだろ~」
「情けないわねえ~」
男女対抗のビーチバレー、とは名ばかりのいじめを受けていた。
運動神経抜群の女性陣から放たれる強烈なスパイクに、なんとか食らいつこうとするが、当然無理だ。
「……ちょっと、戦力差がありすぎますって!せめてどっちか俺のチームに来てくださいよ!」
「えー、ライトくんと組むぐらいなら一人でやった方がマシよ」
「そうだそうだー!誰がライトみたいな足手まといと組むかー!」
「こいつら……」
いわれなき誹謗中傷に心が折れた俺は、潔くバレーのコートから去ることにした。
「もういいです!俺、海に入ってますから!」
「あー!逃げるな卑怯者ー!」
「敵前逃亡は重罪だぞ!!」
うるさい、どこの帝国軍だ。なんとでも言えばいい。
俺は無料で貸し出されている大きな浮き輪を担いで、海へダイブした。
そして浮き輪の穴にお尻をすっぽりとはめ、身を預けるようにして空を仰ぎ見る。
まあ、厳密には空ではなく海なのだが。
しかし、その景色は最高だ。大小さまざまな海洋生物が優雅に泳いでいる様子はなんとも幻想的で、何時間見ても飽きないだろう。
間違いなく、俺が人生で見てきた中で一番の絶景だ。
「な~に黄昏てんのよ!」
「どわっぷ!!」
突如、俺の乗っていた浮き輪がひっくり返され、冷たい海の中に放り込まれる。
慌てて海面に顔を出すと、巨大なシャチのフロートに乗った部長とアユリス様がケラケラと笑いながら俺を見下ろしていた。
「……なんなんですか」
「それはこっちのセリフだ。せっかくみんなで海に来たのに、一人で海を漂うだけなんて陰キャすぎるだろう。罰として……これでも喰らえ!!」
そう言うと部長とアユリス様は、おもむろにゴツい水鉄砲を構えた。
そして、同時に引き金を引いた。
「痛!ちょ!やめっ!」
高圧の水が俺の上半身を攻撃する。普通に痛い。
浮き輪でそれを防ごうとするも真ん中に空いた穴のせいで、防御力は絶望的だ。
「ふははは!どうだライト!観念したか!」
魔王のような笑い声をあげる部長。
「……くそっ、かくなるうえは……」
防戦一方だった俺は、反転攻勢に出ることにした。
海中に潜り、二人が乗っている黒船のようなシャチのフロートを横転させる。
「きゃーっ!!」
とはしゃぐ声を上げて部長とアユリス様が落水した。
「卑怯だぞライト!!」
「二対一で、おまけに銃まで持ってるあんたらに言われたくないですよ!!」
そんなこんなで小学生みたいな水の掛け合いにまで発展したのだが、その後十数分もする頃には……。
「……飽きたわね」
「…………ああ」
「…………」
完全に遊び疲れた俺たちはビーチで横並びに座った。
全員、魂の抜けたような顔をしている。
……なんだろう、海で遊ぶのってこんなに疲れるものだっけ?
「……そういえばボク、ここにくる途中で見かけたワカメマッサージとかいうのが気になるから今から行ってくるね」
そう言ったのと同時に部長は立ち上がり、すたすたと建物の方に向かって歩き始めた。
「あー、待ってよ桐子ちゃーん。……わたしも行くけど、ライトくんはどうする?」
「え、はい、俺もとりあえず行きます」
俺とアユリス様は重い腰を上げて部長の後についていく。
しかしその時、隣にいたアユリス様が小さく俺に語り掛けた。
「……ねえライトくん」
「はい?」
「後でいいからちゃんと褒めてあげなさいよ、桐子ちゃんの水着」
「……え?」
思わぬセリフに、心臓が跳ねた。
「……別に部長、そういうのは気にしないと思いますけど……」
「そうかもしれないけど……。実はあの水着、桐子ちゃんに頼まれてわたしも一緒に選んだ新品なんだからね?」
「そうなんですか?」
意外だ。部長がそんな普通の女の子みたいなことをするなんて。
「ま、別にあなたを意識しているかは知らないけど、自分の水着姿を褒められて嫌な女の子はいないんだから」
「アユリス様もですか?」
「うーん……。あなたに褒められたらセクハラで訴えるわね」
「酷くないですか!?」
「わたしのことは良いのよ!とにかく桐子ちゃんのことはちゃんと褒めてあげなさい!これ、宿題ね!」
「……まあ、タイミングがあれば……善処します」
「ん、よろしい」
とは言っても、はたしてそんなタイミングはあるのだろうか。
初見で言えなかった以上、いつ言っても不自然さが拭えない気がするんだが……、まあ、一応気には留めておこう。
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