第34話 着替え

 アユリス様たっての希望により、俺たちはまず宿泊する部屋へ案内されることとなった。乙姫と亀之助、そしてそのボディーガード的な鮫が先頭となって、竜宮城の中へ通される。


 竜宮城の内装は、中華風とでも言えばいいのか、とにかく豪華絢爛といった様子で、至る所に華美な装飾が施されており、廊下に並べられているオブジェも、地上では見たことがないような奇妙な色や形をしたものばかりだ。


「さあ、到着しましたよ」


 乙姫がある部屋の前で足を止めてこちらへ振り返った。


「こちらのお部屋がアユリスちゃんと原桐子さまのお部屋。そしてお隣がライトさまのお部屋となっております」


「あ……はい」


 ライト、というあだ名で予約されていたようですごく恥ずかしいのだけれど、俺以外は気にしていないようなのでよかった。


「本日は皆様の貸し切りとなっておりますので、城内の施設ならいつでもご利用できます。お食事の時間などについては亀之助のほうから追ってご連絡いたしますね。あと、ご不明な点がございましたらお気軽にスタッフにお尋ねください。それでは、ごゆるりと竜宮城を満喫していただければ幸いでございます」


 乙姫がそう言って頭を下げると、亀之助や鮫たちも続いてお辞儀をする。

 そして優美な足取りで去っていったのだった。


「……なあアユリス。あの乙姫って本物かい?」


 客室の前で乙姫たちを見送った後、部長が尋ねた。


「本物……の定義が分からないけど、あなたたちが知っている乙姫と一緒だと思うわよ。おとぎ話の『浦島太郎』に出てくるね」


「おお……!それはすごいな!」


「まじか……」


 アユリス様の返答を聞いて、得も言われぬ衝撃に襲われた。

 これまで空想上の存在だと、単なる作り話だと思っていたものがまさか実在していたなんて……。


「まあ、日本人にとっては驚きでしょうね。気になるなら後でいろいろ話を聞いてみなさい。私はあんまり興味ないけど、あなたたちにとっては面白いことが聞けるんじゃないかしら」


 話を聞いてみなさい、って……。

 彼女が本物の乙姫だと思えば思うほど、気軽に話しかけちゃいけない気がするんだが……。


「ああ、遠慮なくそうさせてもらうよ!!」


 と部長は目を輝かせて言った。

 相変わらず好奇心旺盛なのは良いが失礼を働かないかだけが心配だ。


 下手すりゃ隣にいた鮫に食われたりしそうだし……。


「さ!とりあえずその話は置いといて早く遊びに行きましょう!竜宮城は広いんだから、全力で楽しまないと時間が足りないわよ!」


 いつもよりハイテンションにアユリス様が言った。


 〇


 客室も他の場所と変わらず、目が痛くなるほど色鮮やかで豪華だった。


 ドッジボールでもできそうな広さの部屋には、亀之助の甲羅よりもはるかに大きいベッドや、高そうな一枚板のテーブル、天井には貝をモチーフにしたシャンデリアなど、俺の庶民には形容しがたいような品々が並んでいる。


 俺はなんだか申し訳ない気持ちで隅っこの方に自分の荷物を置くと、その中から安物の水着とラッシュガードを取り出し、着替えを始める。


 アユリス様が言うには竜宮城には多くのプールやビーチがあり、館内も水に濡れたまま歩き回っていいらしいので、散策には水着の方が都合がいいらしい。


 着替え終えた俺は、壁に掛けられた、額縁に龍の彫刻が施されているでかい鏡を見た。明らかに高級リゾートに訪れた客とは思えないほどみすぼらしい姿だが、仕方がない。


 ……まあ、他に客はいないみたいだし、馬鹿にされることもないだろう。


 その時、ガチャッ!と部屋の扉が勢いよく開かれる音がした。


「おいライトー、着替えが終わったならさっさと行くぞ……って……。うわー、ダサいなー……」


 勝手に俺の部屋に入ってきた部長は、開口一番にそういったのだった。


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