第33話 乙姫
到着した竜宮城は、なんというかイメージ通りの場所だった。
小さい頃読んだ絵本の挿絵をそのまま具現化したような感じだ。
それ以外に特徴があるとすれば、ドーム状の透明な膜が竜宮城全体をすっぽり包み込んでいるという点だろう。
ちょうど潜水中に亀之助がまとっていたバリアの巨大版といった様子で、おそらくあの中なら俺たち人間でも息ができるのだろう。というか、できてくれなければ困る。
「さあ、着きましたよ。もう降りても構いません」
立派な門の前に停まった亀之助から、俺たちは言われた通り降りた。
亀之助が張っていたバリアはいつの間にか消えていたが、予想通り呼吸ができる。地面は細かく白い砂が覆っており、ビーチにいるような感覚だ。
ただ、上を見た景色はすごかった。
ドームの外側の海を様々な魚が泳ぎまわっていて、かなり深くまで潜ったはずなのだが、太陽に照らされたようにキラキラと輝いて見える。
まるで超巨大な水槽を下から覗いているみたいだ。
「うわあ、すげえ……」
俺が思わず感嘆の声を漏らしている一方で、部長はなにやら懸命に自身の尻を拳で叩いていた。
「……なにしてんですか、部長」
「いやあ、亀之助に乗ってるとお尻が痛くなっちゃって」
「情緒もへったくれもないですね」
部長は相変わらずマイペースだ。
これじゃあ連れてきたアユリス様も報われないだろう。
「それでは皆さん、私に着いてきてください。中をご案内します」
「あ、はい。……って、え?」
亀之助の方を見て俺は驚いた。
ついさっきまで、ただ大きいだけのウミガメだった彼が、リクガメのような二足の足で直立していたのだ。
「亀之助さん、どうしたんですかその足。さっきまで普通のヒレでしたよね」
「ああ、その辺は自由に切り替えられるのですよ。
「へ、へえー。すごいですね……」
全く、何でもありだな。
こんなところに長居すると、長年築いてきた常識が崩壊してしまいそうだ。
「ほら早くー。そんなとこに突っ立ってないで行きましょ。話なら中ですればいいわ」
とアユリス様が急かすように言った。
「それもそうだな。よしライト、オカルト研究部初の夏合宿といこうじゃないか」
「え、そんな名目があったんですか」
アユリス様の後に続く部長に続く俺。
そろそろ自分の荷物ぐらいは持ってほしいです、部長。
〇
「「「いらっしゃいませお客様、竜宮城へよ~こそ~!!」」」
巨大な門の巨大な扉が開くと目に入ってきたのは、竜宮城の本殿まで続くやたら横幅が広い石造りの通路。
そしてそれを取り囲むように整列した沢山の色とりどりの魚たちが、俺たちに歓迎の言葉を投げかけてくれている、……のだが……。
「……魚……ですかね?部長?」
「……うーん、いや、多分違うんじゃないか?」
俺と部長は魚たちの様子に違和感を覚えた。いや、それはもう違和感ではなく異常だった。
なんと並んでいる魚のほとんどに人間のような腕と脚が生え、亀之助のように二足で立っているのだ。
もはや魚ではなく魚人とでも言った方が正しいだろう。
その出で立ちがあまりに奇妙なためシンプルに気持ち悪いのだが、これも利便性を追求した結果だろうか。
……しかし素直に俺たちを歓迎してくれているみたいなので、そこまで悪い気はしなけれど。
「にしても、ちょっと恥ずかしいですね……」
「そうか?英雄の凱旋みたいで気分がいいじゃないか」
たしかに、いつの間にか花びらなんかも舞ったりして、救国の勇者を国民総出で出迎えているみたいだ。
なにもしていないのにそんな歓迎を受けると、なんだか人を騙しているような居たたまれない気分になる。
「ここ竜宮城は二千年以上続く由緒正しきリゾート地でして、陸上が平安と呼ばれた時代には、日本人に馴染みの深いかの浦島太郎が ――――」
先導する亀之助がなにやら竜宮城の説明をしているようだが、正直周囲の魚たちの歓声がうるさすぎて全く聞こえない。
亀之助の隣を歩くアユリス様も、それに気づかずご機嫌な様子で回りに手を振っている。彼女に関してはただ興味がないだけかもしれないが……。
数百mほど歩いてようやく本殿までたどり着いた。
するとそこには、鮫みたいな見た目の大きな二匹の魚人が立っており、その間に鮮やかな着物を着た女性がいた。
俺が女性と判断したのは、彼女の見た目が人と同じだったからだ。
まさか、と俺が思った瞬間、アユリス様がその女性に話しかけた。
「やっほー。久しぶりね、乙姫」
旧友に話しかけるようなフランクさでアユリス様は言った。
それを聞いた女性はにっこりと、艶やか笑みを浮かべてこう返した。
「皆様、遠い所ようこそいらっしゃいました。そしてお久しぶりです、アユリスちゃん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます