第32話 竜宮城
「竜宮城への案内人って……、この喋るカメがですか!?」
「ふふふ、良いリアクションするじゃない。そうよ、今から亀之助の背中に乗って竜宮城まで連れて行ってもらうの」
「そちらのお二人がライト様とキリコ様ですね。ご紹介に預かりました通り竜宮城の案内人を務めております、亀之助と申します。本日はどうぞよろしくお願い致します」
そう言うと巨大亀は器用にお辞儀をしたのだった。どうやら何者かが陰から声を当てているわけではないらしい。
「へ~。竜宮城、と聞いて思い浮かべなかったわけではないけど、まさか本当に亀に乗ることになるなんて驚いたなあ」
遠慮しらずの部長は、さっそく亀之助の立派な甲羅をツンツンとつついている。
「全然驚いているようには見えませんけど……」
「いやまあ、女神とか神様に出会った後だからねえ。しゃべる亀ぐらい居てもおかしくないっていうか」
「それもそうですかね……?」
部長の言う通り、これまで複数回不思議現象に遭遇した身であるため、驚愕の度合いは比較的控え目かもしれない。
しかし人語を操る巨大亀と女神、どちらが衝撃的かと言われれば微妙なところではあるけれど……。
「じゃ、挨拶も済んだことだし、さっさと竜宮城へ向かいましょう。誰かに見られると色々面倒だしね」
「はい!かしこまりました」
アユリス様の提案を承諾した亀之助は、パタパタとヒレを動かして、海の方へ身体を向けた。そしてアユリス様は何の迷いもなくその甲羅に腰かけたのだった。
「さあ、二人も早く乗って」
甲羅の空いたスペースを叩きながらアユリス様は言った。
「え?もしかして亀之助……さんに乗って、そのまま海に突っ込むつもりなんですか?」
「そりゃそうに決まってるじゃない。竜宮城は海底にあるんだから」
「いやいやいや、それは無理ですよ!アユリス様はどうか知りませんけど、俺たちは水中で息できないんですから!」
俺が至極まっとうな意見を主張すると、亀之助がこちらに顔を向けた。
「そこは私がどうにかしますからご心配なく。手荷物も濡らさない様に致しますので、大船に乗ったつもりでいてください!」
「大船って……、そうですか……」
現時点ではせいぜいデカいビート板ぐらいの信頼しかないのだが……。
まあ喋る亀だし、アユリス様を同じく何らかの不思議パワーを持ち合わせていても、おかしくはないか?
「全く、そんなにビビッているのならライトだけ留守番でもいいんだぞ?」
「なにしれっと乗ってるんですか部長!」
いつの間にか甲羅の上に座っていた部長が、早くしてくれと呆れたような眼差しでこちらを見つめていた。というかアユリス様もそんな感じの表情だ。
……仕方ない。不安は残るが、俺のせいでみんなを待たせているという状況も嫌なので、しぶしぶ乗船を決意した。
安全性を確保するため、バイクの二人乗りの要領で部長の腹部をがっしり掴まなくてはならなくなった。とはいってもお互いの身体の間に手荷物を挟んでいるため、それほど密着しているわけではないが、なんだか気が引ける。
「……あのー、部長。場所交代しましょうか……?」
「もういいよ、今更面倒だし。その代わり、おっぱい触るんじゃないぞ」
「触りませんよ!!」
一体、部長の中の俺のイメージがどうなっているのか徹底的に問い詰めたいところだが、今は後回しにしておこう。
俺が着座したことを確認した亀之助は出発の合図を告げた。
「それでは出発します!皆さんしっかり掴まっててくださ~い!」
〇
潜水してすぐ亀之助が言っていた意味が分かった。
亀之助に乗っている俺たちを包むように、透明な球状のバリアのようなものが展開され、海水との接触を防いでいるのだ。呼吸も地上と同じようにできる。
原理は全く不明だが、どうせ魔法とかそんな感じだろう。
そんなことよりも、海中の景色はかなり壮観だった。
多種多様な魚が生き生きと泳いでおり、そのどれもが太陽の光を反射して輝いて見えた。むかしテレビで見た、世界有数のダイビングスポットと比べても見劣りしないほど綺麗だ。
正直これだけで、今回の旅行に参加して良かったとすら思う。
「見ろライト!マグロの群れだ!」
「部長、あれは多分イワシです」
部長も魚たちに負けじと目を輝かせ、無邪気にはしゃぎながら辺りを見回している。ここ最近妙に落ち着いていたので元気がないのかと思っていたが、気のせいだったようだ。
……景色が素晴らしいのは良いのだが、しばらく眺めていると少し違和感を覚えた。それは、魚がやけにカラフルだということだ。
俺自身、そこまで魚類に詳しいわけではないので何とも言えないのだけれど、明らかに日本の近海にはいなさそうな、赤や黄色といったトロピカルな魚が増えてきた気がする……。
「あのー亀之助さん、ちなみに今ってどのあたりを泳いでるんですか?」
俺はアユリス様と談笑していたらしい亀之助に尋ねた。
「うーん、どのあたりかと言われると難しいですね……。なにせ竜宮城は普通の海とは別の次元にありますから、そこまでの道のりも普通に潜っただけじゃ辿り着かないようになっているんですよ」
「へ、へ~、そうなんですね」
聞いておいてなんだが、よく分からなかったので適当に流してしまった。
「私の『女神の間』に近い感じね。普通の人間には立ち入れない場所なんだから感謝しなさいよ」
なぜかドヤ顔で補足を加えるアユリス様。
少なくとも女神の間には一般人でも立ち入れましたけど。
そんなこんなで、軽口を叩きながら景色を楽しんでいると、出発から一時間ほど経ったあたりで、亀之助が声をかけた。
「皆さん、見えてきましたよ!前方をご覧ください!」
言われたとおりに視線をやると、確かにあった。
俺たちを包んでいるものに似た、ドーム状のバリアの中に、緑っぽい瓦と赤い柱が特徴的な建造物が立っていた。
それはかなり離れたここからでも分かるほど大きく、まさに城と呼ぶにふさわしい荘厳さだ。
「あれが……竜宮城か……っ!!」
部長が漏らした感嘆の声につられて、気持ちが高ぶっていく気がした。
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