第31話 亀

 後日、部長経由で届いたアユリス様の話によると、例のツアーは8月の初週に、二泊三日で執り行われるらしい。


 それまでの間、部長の意向によりオカ研の活動も休止していたため、宿題ぐらいしかやることがなかった俺は、先に実家への帰省を済ませておくことにした。


 本当ならお盆のシーズンに帰るつもりだったのだけれど、あの二人と関わることになると、計画通りに物事が進む気が微塵もしない。

 最悪実家に戻れないとなると、両親に余計な心配を掛けさせてしまう可能性もあるので、念には念を、というわけだ。


 実家では特にこれといったエピソードはなく、両親に学校の成績やオカルト研究部での活動を、オブラートで何重にも包んで話したぐらいだ。

 しかし、久々に両親の顔を見るとすごくホッとした。多分、ここ最近色々なことが起こっていたので心身ともに疲弊していたのだろう。


 このまま夏休み中実家に籠っていたいなあ、とも考えたが、そうすると後が怖いのでしぶしぶ下宿先へと戻ったのだった。


 〇


 アユリス様に指定された集合場所は、北紅葉高校のある町からすぐ近くの海水浴場だった。現在、俺と部長は直通のバスにて、そこへ向かっている。


 水着を持ってこい、とのことだったので海に行くこと自体はなんの違和感もない。けれど、バカンスだとかツアーだとか、そんな大層なことができるような観光地でないことが引っかかる。


『常夏!竜宮城バカンスツアー!』。やはりただ事では済みそうにないな……。



「……どうしたライト、降りるよ?」


 隣の座席に座る部長が、至近距離からこちらの顔を覗き込んだ。

 俺が不安に駆られている間に、バスは目的地に到着していたらしい。


「ああ、すいません」


 そうして俺は部長から押し付けられた荷物を抱えながら、彼女の後に続く。

 降車口から流れ込む熱気で、一気に体温が上がったように感じた。


 〇


「あ、お二人ともー!こっちこっちー!」


 砂浜に建てられた海の家の方から、アユリス様の声が届いた。

 視線を向けると、白いパレオ姿でピンク色に輝くサングラスをした金髪美女が、テラス席からこちらに大きく手を振っている。

 ハリウッド女優並みの存在感を放っている女神は、できれば近づきたくないほど周囲から浮いていた。


「やあ、アユリス。また随分と気合が入ってるねえ。ナンパされまくりで大変だったんじゃないかい?」


「んー、私もそうなると思ってたんだけど、意外とそんなことなかったのよのねえ~。なんでかしら?」


 少なくとも見た目に関しては、並みの男性が気安く話しかけられるレベルじゃないからだと思います。……なんて言ったら調子に乗りそうなので黙っておくことにした。


「そんなことより、無事全員集合したことだし早速行きましょうか」


「え?ここが目的地じゃないんですか?」


「なに言ってるのよ。こんなただの海岸じゃ、バカンスもツアーもありゃしないわよ」


「いや、それには同感ですけど……」


 しかし、ここから別の場所に移動するのなら、始めからそっちに集まった方が良かったんじゃないだろうか。


「まあ、黙って付いてきなさいな。迎えを呼んであるから」


「「迎え?」」


 珍しくセリフが被った俺と部長は、小首を傾げながら顔を見合わせた。


 〇


 アユリス様が向かったのは、海水浴場の端っこに位置する岩場だった。

 海の家なんかがあった砂浜の方とは対照的にひと気がなく、波の打ちつける音しか聞こえない。


 迎えを呼んであるって、まさかこんな場所じゃないよな……。


「えーっと……。この辺に来るようお願いしておいたんだけど……」


 と、アユリス様は呟いた。あ、そうですか。


 その後も歩きづらい岩場を連れまわされ、キョロキョロと辺りを見回すハリウッド女優に不信感を抱き始めた、その時。


「お~い、アユリス様~。こっちでございます~」


 と、聞き馴染みのない声がした。


「ああ、そんなところにいたの」


 声の主に気が付いた様子のアユリス様が、ずかずかと岩場のさらに奥へと進んでいく。しかし、俺にはそんな人物は見えない。

 部長も怪訝な表情を浮かべており、俺と同じ気持ちのようだ。


 仕方がないのでよくわからないままアユリス様に付いていくと、


「久しぶりね亀之助。居るなら居るって早く言ってくれれば良かったのに」


「そうはいきませんよ。他の者に見つかれば大騒ぎになってしまいます」


「まあ、それもそうね」


 岩陰に隠れて全貌は明らかでないが、アユリス様はなにやら地面に向かって話しかけている。しかも、結構親しげに。


 不思議な光景に眉をひそめつつも、つまづかないように慎重に歩みを進めると、アユリス様の視線にあるものの全容が見えてきた。そして絶句する。


「うわー、でっけー」


 部長がそんな間抜けな感想を口にする。しかし、俺もその意見には同意だ。


 驚いてそれ以上近づけないでいると、こちらに振り返ったアユリス様はにこやかにこう言った。


「それじゃあ紹介するわね。こいつは亀之助、竜宮城への案内人よ」


 彼女が手で指し示す方、波打ち際に堂々と佇んでいたのは……タタミ二畳分はありそうなほど巨大なウミガメだった。



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