第30話 方針転換

『常夏!竜宮城バカンスツアー!』。

 字面だけ見ると実に楽しそうな感じだけれど、俺にはそう思えなかった。

 アユリス様と部長、この二人が持ち込む話は大抵面倒ごとだと相場が決まっているからだ。


 しかし、顔をしかめる俺とは対照的に、部長は満面の笑みを浮かべていた。


「『常夏!竜宮城バカンスツアー!』だって!?そ、それは一体どんなバカンスでツアーなんだい!?アユリスのことだから、きっと普通じゃないんだろう?」


 部長のキラキラと輝かんばかりの視線がアユリス様に浴びせられる。それを受けて、ジャージ女神は不敵に笑うのだった。


「ふっふっふ……、それはまだ秘密よ。あなた達はとりあえず、学校の宿題でもやっときなさいな」


「うん!分かったよ!」


「えっ!ちょっと、部長!?」


 慌ただしく立ち上がり、玄関の方へ向かう部長。

 素早く靴を履くと、そのまま扉を開けて外へ出る。


「詳しい連絡は後でしてくれ!それじゃ!」


 そう言い放つと、返事を待つこともなく消えてしまった。

 室内は、嵐が去った後のようにシンと静まり返っていた。


「……いやー、わたしから誘っといてなんだけど、あんなに喜んでくれるとは思わなかったわ」


「……俺はなんとなく想像がつきましたよ」


 想像、というか心構えというか……。

 とにかく部長の奇行に心身が乱されないよう覚悟はしているつもりだ。

 その覚悟が役に立ったことは、これまで一度もないわけだけれど……。


「にしても……、どういうつもりなんですアユリス様?部長も言ってましたけど、ただバカンスに誘ってくれたわけじゃないんでしょう?」


「……そこは当然疑問に思うわよね」


 そりゃそうだ。本来ならアユリス様は、傍若無人な部長を止める立場にあるはずだ。それなのに今回は、逆に部長に余計なことをさせようとしている気がする。


「まあ、端的に言うなら方針転換ってことかしら」


「方針転換?」


「そ。これまでは桐子ちゃんに、異世界にいくなー、変なことするなーって感じだったけど、それはもう無駄という気がしてきたの。どうせ彼女の暴走を止められないんだから」


「はあ……」


 部長の暴走を止めるのが困難であることに異論はないが、アユリス様が真剣に部長を止めようとしたことなんてありましたっけ?仲良くお菓子を食べたり、ゲームをしてるイメージしかないんですが……。

 そんな文句が次々に浮上してくるが、一旦彼女の考えを聞いてみよう。


「そういうことで、これからはたまにガス抜きをさせてあげたらいいんじゃないかって考えたの。定期的に不思議な体験をさせてあげれば、桐子ちゃんもある程度満足して、そしたら自分から進んで変なことをしなくなるって算段よ!」


「ああ、なるほど」


 確かに一理ある……のか?

 そりゃあ上手くガス抜きできれば部長も大人しくなるだろうけど、反対に異世界への願望とか、欲求不満が強まることもあるんじゃないだろうか。


 それなりに不安な要素も残っているけれど……、まあ、現状を変えてみるという点ではいいのかもしれない。物は試し、ということか。


「アユリス様の考えは分かりました。……それで、『常夏!竜宮城バカンスツアー!』の内容はいったい何なんです?」


「それは、……秘密よ」


「いや、なんでですか!?部長のガス抜きが目的なら、別に俺には教えてくれてもいいでしょう!」


「それはそうかもしれないけど!でもせっかくのバカンスなんだからライトくんにも楽しんで欲しいじゃない……?」


「……その気持ちは嬉しいですけど……」


 上目遣いで俺の顔を覗き込むアユリス様。

 出会ったばかりの頃なら、コロッと好きになってしまいそうな愛らしさを醸し出してるけれど、今更そんなものは通じない。


 この人、部長がなんだって話は建前で、ただ遊びたいだけなんじゃないのか?


「はあ……、分かりましたよ。それじゃあ、俺も当日まで楽しみにしときます」


「うんうん、そうしておきなさい。神様が言うんだから間違いないわ」


 神を騙る不審者の間違いではないだろうか。


「……それじゃ、詳細は追って知らせるから!かみんぐすーん!」


 ピンと立てた親指を見せつけながら、アユリス様も部屋を去っていった。


 はしゃぎ具合で言ったらあんたも部長も変わらねーよ!と、俺は散乱したままの漫画たちを見渡し、胸の内で叫ぶのであった。

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