第29話 夏のはじまり
アユリス様の言葉がそれなりに響いたのか、あれから部長は少し大人しくなったように思う。
大人しくなった、とは言っても相変わらず胡散臭いオカルト雑誌は買うし、部室で妙な儀式を執り行ったりはするけれど、それでも、俺やアビル君を巻き込んだ大掛かりなことはしなくなった。
7月に入ると期末テストがあったりなんかして、あっという間に時間が過ぎていった。俺の成績についてはあえて触れないけれど、部長は相変わらずの好成績だったらしい。アビルくんに関しては、特に言うことはない。普通って感じだ。
そして一学期の最終日がやってきた。
終業式が終わり、周りの生徒が部活動やら帰宅の用意を始めたタイミングで、想定通り、部長から招集がかかった。
恐らく、夏休みに向けた壮大な計画でも立てるつもりだろう。
しかし予想外だったのは、集合場所が部室ではなく俺の家だったということだ。
いや、勝手に決めんなよ。
〇
帰り道の途中で部長と合流した。どうやら俺のことを待ち構えていたらしい。
「それで部長、なんで俺の家に集合なんですか?」
俺が尋ねると、部長は道中に立ち寄ったコンビニで購入した棒アイスをぺろぺろと舐めながら答える。
「ああ、実は今回の招集をかけたのはアユリスなんだよ。今朝LINEが来ててね」
「え?そうなんですか」
想像してなかった返答だ。アユリス様自ら俺たちを集めるなんて、あまりいい予感はしないけれど、一体どうしたんだろう。
……というか、しれっと女神とLINE交換しているこの人はなんなんだ。それに神様がLINEを使ってるって……利用規約とかに引っかからないのだろうか。
「ボクも要件までは聞いてなくてね。とりあえず、ライトの家に集合、だってさ」
「俺ん家をなんだと思ってるんですかね……」
便利な無料休憩所じゃないんだぞ。
誠に遺憾だ。
「……あ、そういえばアビルくんはどうするんですか?あいつ、俺の家がどこにあるか知らないと思いますけど」
本当は知られたくもないのだが……、ん?いや待て。
アビルくんにアユリス様のことをなんて説明すればいいんだ?
あんな現実離れした金髪と交流があるなんて知られたら、明らかに普通じゃないって思われるよな……。
どうする?うちにホームステイに来たドイツ人とでも誤魔化すか?
しかし、そんな俺の心配は無用だった。
「安心してくれ、アビルなら来ないよ。というか、夏休みは地元に戻ってやることがあるらしいから部活に参加できないらしい」
「まじですか、初耳なんですが……」
「ボクもついさっき聞かされたよ」
ほんと、あいつも部長に負けず劣らず自分勝手なやつだな。
でもまあ、家の事情なら仕方がないのかな。俺もお盆の期間は実家に戻るつもりだし。
「にしても意外ですね。部長ならわがまま言ってでもアビルくんを引き留めそうな感じですけど」
「……え、そうかい?別にボクだってそんな無茶は言わないよ」
「いやいや、実際今まで言ってきたじゃないですか!どんだけ俺が振り回されたと……」
「ちょっとアイスのゴミ捨ててくる」
「あ!逃げやがった!」
都合が悪くなると毎回これなんだから……。
そんな風に呆れていると、俺の住むアパートが見えてきた。
汗もダラダラだし、早く中に入ろう。どうせアユリス様が勝手にエアコンをつけて優雅にくつろいでいるはずだ。
〇
「あ、お帰んなさーい」
「ただいまー」
「二人とも、ここが俺の家だって分かって言ってます?」
結婚五年目ぐらいの夫婦みたいな会話を繰り広げる部長とアユリス様に、思わず突っ込んでしまった。
想像通りジャージ姿のアユリス様が冷房がガンガンに効いた部屋で漫画を読み漁っていた。ふと床に転がっているエアコンのリモコンを見ると、温度が18度に設定されている。
「ちょっとアユリス様!温度下げ過ぎですよ!電気代がもったいないでしょう!」
「えー、だって暑いんだもん」
「なら、ジャージ着るのやめて半袖にでもしたらどうですかね……」
「何よ、そんなに私の露出が見たいわけ?」
「卑猥だね」
「卑猥じゃないですから!俺、そんなに間違ったこと言ってます!?」
女性陣からの集中砲火を受ける俺。
やはり少数派は多数派に従うしかないのか。いや、この場合相手がどちらか一人でも、多分俺は丸め込まれていただろう。
そんな無念の腹いせと言ってはなんだが、今回も、二人に不評な麦茶を提供した。これが俺にできるせめてもの抵抗だ。
しかし、余程喉が渇いていたのか、二人は特に嫌な顔もせず麦茶を飲みほした。彼女たちに対して、俺はあまりにも無力だった。
「……それでアユリス、今日は一体どういう要件なのかな?君からボクたちを呼び出すなんて、かなり珍しいけど」
と、部長は早速本題に切り込んだ。
いいですよ、部長。早く話を進めて、そしてさっさと帰ってください。
そして対するアユリス様は、部長のその言葉を待っていましたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべて見せた。
「ふっふっふっ……。実は、今日はあなたたちに一つ提案があってね……」
「提案……?」
得意げなアユリス様とは裏腹に、俺の胸裏には暗雲が立ち込める。
今度はまたどのような厄介ごとを持ち込んできたのか、と。
「二人とも、この夏休みの予定はもう決まっているかしら?」
「いや、これからそれを決めようと思っていたところだよ」
「そう!そうよね!」
部長が即答したせいで、俺が発言するタイミングがなかった。
まあ、ここで俺がどんな予定があると言っても、彼女らの主義主張を曲げることは叶わなかっただろうけれど。
「そこで!なんと今回はこの女神である私が!学生生活を頑張るあなた達のためにスペシャルな計画を立てさせていただきました!」
「おお!どんな計画だいそれは!?」
「あのー……、やっぱり俺も夏休みは実家に帰ろうかと……」
俺はこの期に及んで戦線離脱を図ろうとしたが、興奮しきった今の二人に、その言葉が届くはずもなかった。
俺のことなど無視して、意気揚々と立ち上がったアユリス様が宣言する。
「聞いて驚きなさい!オカ研風に言うなら、そう!『常夏!竜宮城バカンスツアー!』よ!」
……すみません母さん、今年の夏は帰れるか分かりません。
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