第36話 夕食会
多くは語らないが、部長につられて行ったワカメマッサージは想像を絶した。魚人に身体を触れられるということで、少し抵抗があったけれど、その技巧は素晴らしいものだった。
あまりの気持ちよさに三人とも施術後の数十分は放心状態だったように思う。
……うん、これは危険すぎる。
その後も竜宮城内を部長の気の向くままに散策した。
不安になるほど長いウォータースライダーや一度入れば脱出困難なほど急流の流れるプールを楽しみ、あとはゲームセンターや映画館なんかにも立ち寄った。
残念ながら設置されていたアーケードゲームや上映されていた映画は地上人の感性では理解できないような奇怪なものばかりだったのだが、それでも新鮮味があったので退屈はしなかった。
そして遊び始めてから五、六時間が経ったところで、亀之助が俺たちのもとへやってきた。
「みなさん、竜宮城はお楽しみになられていますか?ご夕飯の用意が整いましたので、よろしければお食事の会場へご案内いたしますよ」
「あら、もうそんな時間?どうする?二人とも」
変な色のソフトクリームを舐めながらアユリス様が言った。
「俺はいいですよ。結構お腹減ってますし」
あと、シンプルに遊び疲れた。
ここいらでゆっくりとリラックスしたい気分だ。
「部長はどうです?」
俺が尋ねるのと同時に、グ~と腹の鳴る音がした。
「…………。なんだライト、そんなに空腹なら早く言えばいいのに」
「いや、今の部長のお腹の音ですよね?」
満場一致ということで、俺たちは夕食の会場へ向かうことにした。
〇
「おお~、相変わらず凄いわねえ~!」
食事会場となっている大きな広間に通されると、アユリス様が感嘆の声を上げた。
それもそのはず。広間の中央に設置された巨大なテーブルには、豪勢な料理が所狭しと並べられている。
豪華なのは食事だけではない。使われている食器類も、地上ではうん十万円とかしそうな煌びやかなものばかりだ。
「みなさん、お待ちしておりました。どうぞお席についてください」
そう言ったのは乙姫様だ。
俺たちは言われた通り、用意されていた席に座った。
改めてテーブルの上を見渡すと、やはり魚介を使った料理が中心なのだが、どうやって入手したのか、普通に米や肉類も置いてある。
どれも美味しそうなのは間違いないが、妙な圧迫感というか、緊張感を受ける。
どうしよう……、食事のマナーとかあんまり詳しくないけど大丈夫かな?
「いやー、どれも美味しそうだなあ。それじゃ、いただきまーす」
「ちょっと部長!」
身構えていた俺とは対照的に、部長は臆することなく料理に手を伸ばし始めた。
おいおい、いいのか?なんか作法とか通過儀礼とか色々ありそうだけど……。
「ふふふ、どうぞ召し上がってください。ライト様もリラックスして食事を楽しんで下されば大丈夫ですよ」
「あ……、はい」
乙姫様には全てお見通しだったようだ。
ではお言葉に甘えて……、俺は近くにあった何かの刺身を箸でつまんで口に運んだ。
「うまっ!!」
思わず声が出た。
いやだってお世辞抜きに美味しいのだから仕方がない。
身にしっかりと脂がのっており、味も濃厚。
けれども臭みがない。
間違いなく、俺の人生でナンバーワンのお刺身だ。……なんの魚かは分からないけれど。
「ふふふ、お口に合ったようで何よりです」
「す、すみません……。大きな声出しちゃって」
「いえいえ、おかわりはいくらでもありますから好きなだけ食べてください」
乙姫様は優しく微笑みながらそう言った。
ものすごく上品な笑みだ。アユリス様は即刻彼女に女神の座を明け渡すべきだろう。
そんなことを思いながらアユリス様に視線をやると、無我夢中で料理を頬張っていた女神さまがちょうど箸を止め、
「あ、そういえば二人とも。せっかくなんだし乙姫にいろいろ話を聞いてみなさいよ。こんな機会めったにないんだから」
と言った。
まあ確かに、あの超有名な浦島太郎の登場人物と話せるなんて普通ならありえないチャンスだけれど、かと言って何を聞いたらいいのかすぐには思いつかない。
加えて乙姫様から出る神々しさに圧倒されて、下手な話は振れないという緊張感が……。
「はい!結局のところ浦島太郎とはどういう関係だったんだい?やっぱりデキていたのかな?」
料理の山の向こうから、部長が元気よく質問した。
ああ、そうだった……。
緊張感のきの字も感じない人間が部長だった。
恐る恐る乙姫様の方を見ると、彼女は怒るわけでもなく、かといって笑っているわけでもなく……、どこか遠くを見るような、複雑な表情をしていた。
「分かりました、それではお話ししましょう。彼との関係について……」
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