第43話 幕引き

「……で、ドッキリってどういうことなんですか」


「というか、アユリスはどうしてそっち側なんだい?」


 プールサイドに上がった俺と部長は、乙姫様とアユリス様に尋ねた。

 すると乙姫様が一点の曇りもない笑顔でこう答えた。


「はい、今夜起こった出来事は竜宮城リゾートの夏休み限定イベント、『ドキドキ!常夏のシャークナイトサバイバル!』というイベントだったんです。私や皆さんが鮫右衛門や鮫左衛門に食べられていたのもすべて演技で、お二人が見えなくなったときに吐き出してもらってたんです」


「はあ……」


 確かに今思えば、全員が噛み千切られることなく丸呑みにされていたというのは変だった。にしても、身体を張りすぎだろう。

 特に鮫の二人は、俺と部長を追いかけ回したりキャストを含んだり、明らかに働き過ぎだ。


「実は、私も前に同じドッキリにかけられてね。それで今回は仕掛け人側に回ったってわけ。ふふふ、迫真の演技だったでしょ?二人ともすっかり騙されちゃったわねえー」


 と、得意げに語るアユリス様。

 負け惜しみみたいなことを言うけど、最後の「ほげえええええええええ!」とかいう断末魔はどうかと思いますよ。


「ふーん、つまりアユリスは竜宮城に来た時からすべて知っていたわけだ。…………えいっ」


「ぐへえッ!」


 唐突に部長がアユリス様の腹を蹴飛ばした。

 完全に不意を突かれたアユリス様は、情けない声を漏らして背後のプールに大きな飛沫を上げて落ちた。


「……ぶはあっ!ちょ、ちょっといきなりなにすんのよ!!」


「いやあ、なんかムカついたから」


「なによそれ!」


 やいのやいのと騒ぐアユリス様と、それを弄んで笑う部長。

 見慣れた光景に見えるけれど、いつもより部長の表情が冷たい気が……。さすがの部長もちょっとキレているのかもしれない。

 かく言う俺も、相手がアユリス様一人だけなら徹底的に糾弾したいところではあるが。


「……それで、お二人はどうでしたか?今回のイベント、楽しんでいただけましたか……?」


 隣に立っていた乙姫様が聞いてきた。

 しかもすごい上目遣いで、なんだか申し訳なさそうに。


 本人も、若干やりすぎたかもと心配しているのだろうか。

 いや正直、かなり度が過ぎたドッキリではあったと思うし、色々と言いたいこともあるのだが……、そんな子犬みたいな目で見られると……。


「はい!スリル満点で最高でした!!」


 ……としか、俺の口からは言えなかった。


 〇


 ドッキリの種明かしが終わった後、俺と部長はそれぞれの部屋に戻って、気絶するように眠った。肉体的・精神的な疲労が部屋に入った瞬間、全身にどっとのしかかったのだ。


 そして、目が覚めたのはお昼前。

 竜宮城バカンス最終日となったわけだが、アユリス様はともかく、俺と部長はいまさらはしゃいで楽しむような元気はなかった。


 というわけで、最終日はまずゆっくりと温泉に入り、続いて昨夜の逃走劇で重度の筋肉痛となった身体を癒すためにワカメマッサージを受け、その後朝食(時間的には昼食だけど)に舌鼓を打つ、という老人のような時間を過ごした。


 快適な時間は光のような速さで過ぎていき、あっという間にチェックアウトの時間になった。俺と部長とアユリス様は、各々荷物をまとめ、竜宮城の正門に集まった。


 正門には大勢のスタッフやあのトラウマを植え付けてくれた鮫魚人、乙姫様がお見送りのために集まってくれた。あと、帰りも地上まで送って行ってくれる亀之助もいる。


「……それでは皆さん、この度は竜宮城をご利用いただき誠にありがとうございました」


 そういって乙姫様は深々と頭を下げた。本当に丁寧な人だなあ、と感心する。

 こんな人が『ドキドキ!常夏のシャークナイトサバイバル!』などという悪夢のような企画を実行するとは、いまだに信じられない。


「こちらこそ、しっかり楽しませてもらったわ。ね?二人とも?」


「え?……まあ」


「そうだな。乙姫が食われた時はどうなるかと思ったが、素晴らしい体験をさせてもらった」


 アユリス様の振りに俺が微妙な返答をする一方で、部長はあっけらかんとした態度で満足げに笑った。ほんと、気分屋だな……。

 まあ、全体を通してみると、楽しかったのは間違いないけれど。


「それではみなさん、背中に乗ってくださ~い。最後まで快適な海の旅をお楽しみください」


 巨大亀状態で待機していた亀之助が言った。


「ええ。それじゃあ二人とも、いきましょうか」


「はい」


 来る時と同じように、アユリス様を先頭にして俺たちは亀之助の上に乗った。

 つい一昨日乗ったはずなのに、硬い甲羅の感触がすごく懐かしく感じる。


「しっかり掴まってくださいね。動きますよ」


 亀之助がそう言うと、球状の透明な膜が俺たちを包み、ふわりと浮かび上がった。

 そして、ゆっくりと海底から離れていく。


「みなさん、さようなら~!」


「「「さようなら~~~~~!!」」」


 竜宮城のみんながこちらに向かって大きく手を振っている。


 それに応えるように、俺たちも亀之助から落ちないよう気を付けながら手を振った。


 こうして、オカルト研究部の夏の一大イベント、『常夏!竜宮城バカンスツアー!』は大団円で幕を閉じたのだった。

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