第44話 帰還
「それではみなさん、また会いましょう!さよ~なら~!」
「あんたも気を付けて戻るのよ~!」
無事地上の海岸に戻った俺たちは早々に亀之助と別れることになった。
夕暮れ時で周囲に人は少ないだろうが、万が一見られるとよくない。
亀之助の大きな甲羅が海中に消えていくのを見て、あの夢のような時間が終わったことを実感する。
「いや~、あっという間だったわね。どうだった二人とも、私プレゼンツの『常夏!竜宮城バカンスツアー!』は楽しんでもらえたかしら?」
と、得意げに尋ねるアユリス様。
竜宮城がすごかっただけであんたは何もしてないだろ、とも思ったが、アユリス様に誘われなかったらあんな体験はできなかったのも事実だ。
「そうですね、すごく楽しかったです。ありがとうございました」
「走り回るのはもうこりごりだけどねえ」
「うんうん、そうでしょそうでしょうとも!だいたい竜宮城の宿泊チケットを取るのってすごく難しくて、最低でも十年は……」
鼻高々にアユリス様が語っている間に、俺は荷物の中からスマホを取り出した。
地上に無事戻れたのはいいが、さらにここからバスで家まで帰らないといけない。
竜宮城では地上の電波が届かなかったので早々にスマホの電源は切っていた(ちなみに写真撮影も原則NGだった)のだが、時間を確認するため久しぶりに電源を入れた。
「え?」
そこで俺は不思議な光景を目にする。
俺のスマホは電源をつけると、ロック画面に現在の時刻と日付が表示されるのだが、その日付の箇所に「8月30日」と書かれていたのだ。
おかしいな。竜宮城に向かったのが今月の頭で、そこから二泊三日したのだから、もう月末になってるなんて明らかに変だ。
バグったのか?と思ったが、時刻はモバイル通信で自動調節されるようにしているので考えにくい。
「部長見てください。なんか俺のスマホが変なんです。今の日付が8月30日になってるんですけど……」
そう言って部長にスマホの画面を見せると、彼女はきょとんとした顔を浮かべた。
「ん?別におかしくないじゃないか」
「はい?」
「なんだライト、もしかしてアユリスから聞いてなかったのか?」
アユリス様から?いったい何のことだ?
疑問に思った俺がアユリス様の方を見ると、彼女は不自然にこちらから目を逸らした。
「あのー、アユリス様……。何か俺に隠してます?」
「ギクっ!」
「いや、そういうのはいいですから」
毅然とした態度で追及すると、観念したアユリス様は渋々話し始めた。
「えーっと……。地上と竜宮城は時間の進み方が違うって、乙姫も話してたと思うんだけど……それは今回のバカンスも当然その影響を受けるってことなのよね……。時間の進み具合は時期によって変わるらしいんだけど、今の時期に竜宮城で二泊三日過ごすと地上では一か月近く時間が経過しちゃうのよ……」
「はああああああ!?」
衝撃発言だった。
いや、確かに少し考えれば予想できる話ではあったけれど……。
とはいえ、まさか自分がプチ浦島太郎みたいな時空の歪みを体験するとは思わないじゃないか……!
「なんでそれ黙ってたんですか!部長には言ってたみたいですけど!」
「だ、だって言ったら来てくれないと思ったし……」
「そんなこと言ってみないと分からないでしょ!」
……まあ、竜宮城バカンスの前に実家への帰省を済ませておいたことが不幸中の幸いか?そうでなければ今頃、俺は行方不明者となり警察沙汰になっていただろう。
しかし俺にはまだ、この夏休みにやり残したことがあるのだ……!
「ああ……、学校の宿題どうしよう……。帰ってからやろうと思ってあんまり手を付けてなかったのに、明日で夏休み終わるんですけど……」
俺はその場に膝から崩れ落ちた。
毎日コツコツ進めるはずだったのに……、事前に立てた計画がパーだ。
とてもじゃないが、一日で終わらせられる量じゃない。
絶望だ……、この世に生まれてからトップクラスの絶望だ……。
俺が地面に手をついてうなだれていると、ポンと部長が俺の背中に手を置いた。
「全く仕方ないな。ボクが明日手伝ってやるから、そう気を落とすんじゃない。せっかくの楽しい気分が台無しじゃないか」
「ほ、本当ですか!!」
俺が顔を上げると、そこには確かに女神がいた。もちろん隣に突っ立っている金髪野郎のことではない。
これまで疫病神以外の何物でもないと思われていた部長が、その時は確かに女神に見えた。
この様子を眺めていたアユリス様が一言。
「よかった!一件落着ね!!」
「あんたが言ってんじゃねえよ!!」
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