第45話 夏休み最終日
8月31日、我が北紅葉高校では夏休みの最終日となっている。
今日は先日の約束通り、朝から部長が俺の宿題の面倒を見るためにうちに来てくれた。集合場所としてオカ研の部室が挙げられたけども、あそこは空調機器が一切ないことを思い出しすぐに却下された。
「違う!その問題はこっちの公式で解くんだよ!」
「ええ……、なにが違うんですか……」
小さなテーブルで部長と向かい合い、俺は数学の問題集を解いている。
一方の部長は、古文・漢文のテキストを俺の筆跡を真似ながら進めるという妙技を披露してくれていた。
一時は不可能だと思われていた夏休みの宿題も、部長の協力によって完遂の目途が立ってきた。ほんと、今日ほど部長に感謝した日はない。これまでの苦労はこの日のためにあったのだと痛感する。
……まあ、アユリス様が事前に竜宮城での時間のズレを教えてくれていればこんなことにはならなかったのだが。
そうして、しばらくの間部屋の中では俺たちがシャーペンを走らせる音と、エアコンと扇風機が動く音だけが響いた。
完成済みの宿題が次々と床に重ねられ、ただ黙々と時間が過ぎていった。
「……あれ、もうこんな時間か。部長、そろそろお昼にしませんか?」
時計が正午を回ったあたりで俺はそう提案した。
ちょうど宿題の方もひと段落したところだ。
「ああ、そうだね。さすがに疲れたよ」
部長の同意を確認すると、俺は狭い台所へ向かった。
「で、ライトはいったいどんなご馳走を用意してくれるのかな?」
「いや竜宮城じゃないんですから、変な期待しないでください。この前実家に帰省した時にもらった素麺ぐらいしか出せませんよ。……あ、あと昨日買ったコンビニのおにぎりがあります」
「質素だねえ」
部長の文句をぐっと堪えて、俺は素麺を湯がいた。
あくまでこちらは協力を仰いでいる側なのだ。今日ばかりはどんな戯言も甘んじて受け入れよう。
少しして柔らかくなった素麺をボールに移し、さっと冷水でしめて完成だ。
めんつゆのボトルと一緒に狭いテーブルに出す。
「それじゃ、いただきまーす」
「いただきます」
ぬるっと夏休み最後の昼食が始まった。
部長は案外気に入ったのか、「結構いけるね」と言いながら何の薬味もない素麺を満足げにすすっている。
そして「相変わらずお茶が不味いねえ」という部長の爆弾発言はあったものの、質素な食事会は無事に終了した。
存外お腹がいっぱいになってしんどかったので、食器類を台所のシンクにひとまず放置して一休みすることになった。
「いやあ、結構お腹に貯まるもんだねえ」
「ですね」
「…………」
「…………」
お腹をさすりながら床に寝転がる部長の横に俺は座った。
お互い眠気が来たのか、会話が弾まず沈黙が続く。
何が話題を振った方がいいのかなあ、と俺が一人でヤキモキしていると、やがて部長がポツリと呟いた。
「……なあライト、ひとつ話があるんだけど」
「え?なんですか?」
部長の方から話しかけてきて、少しほっとしたのも束の間。
彼女が次に話した内容は、食後の眠気を一瞬で吹き飛ばすものだった。
「……そろそろ、オカ研を廃部にしようと思う」
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