第16話 無理難題

 部長の両親は超大手の貿易会社に務めており、世界中を股にかけて仕事をしている。だから日本にいる時間はほとんどないのだと、いつかは忘れたが部長に聞かされた。


 両親が何をしているのか、なんてのは取るに足らないただの雑談で(普通に驚きはしたけれど)、すぐに頭の隅に追いやられるような他愛もない話だと思っていたが、違った。


 部長の両親が既に死んでいる。

 素直にこんな突拍子もない話を信じていいのか、という疑念はもちろんある。

 でも、アユリス様が俺たち人間とは違う、超常の存在であることは嫌と言うほど知っている。

 彼女ならば、俺が想像出来ないような摩訶不思議な情報網を持っていてもおかしくはないと思う。


 なによりアユリス様がそんな不謹慎で悪趣味な嘘をつくはずがないし、その意味も必要性もない。


 であれば、アユリス様の話が本当ならば、部長は嘘を言っていることになる。

 いや、本当に部長の両親が貿易会社のエリートだった可能性もある。というか、部長が何不自由なく生活している様子を見るに実際そうだったのだろう。

 しかし、当時の部長の口ぶりは明らかに現在進行形で両親が活躍している風だった。


 一体どうしてそんな嘘をついたのだろうか。


「ちなみに亡くなったのは桐子ちゃんが10歳になる年の3月8日。マレーシアから中国へ向かう飛行機の墜落事故に巻き込まれたみたいね」


「10歳って……」


 部長が現在高校二年生なので、もう七年近くも前の出来事ということになる。

 そんな幼いころに両親を亡くしていたのか、という衝撃と同情が混じったような感情が湧くのと同時に、一つ引っかかる点がある。


 そう、部長が10歳になる年といえば、あの人がクリスマスの夜、異世界に連れていかれたという年と同じだ。


「……偶然の一致、かしらね……?」


「……いやあ、どうでしょう……」


 正直、微妙なラインといえば微妙なラインだ。

 同年といってもそれなりに期間が空いているわけだし、第一、両親の死と部長が異世界に連れていかれることの間に因果関係があるとは思えない。


 ただし、幼い頃に両親を失った体験が、今の部長の人格形成に影響を与えた可能性は大いに考えられるが……。


「そこで、よ」


 アユリス様がずいっと俺に顔を近づける。


「ライトくんには私から一つミッションを与えます」


 あれ、この人まで「ライト」呼びになってる。

 いやいや、もはやそんなことはどうでもいいのだけれど……。


「な、なんですか、ミッションって……?」


 恐る恐る尋ねる俺に、アユリス様は淡々と告げた。


「あなた、桐子ちゃんにどうして両親が亡くなっていたことを隠していたのか聞いてきなさい」


「はあ!?」


 突然何を言い出すんだこのプライバシー侵害女神は!?


「い、いやいやいや、嫌ですよ!そんな人の古傷を抉るようなこと!」


「馬鹿ね。誰が古傷を抉れなんて言ったの?桐子ちゃんが傷つかないように上手く聞き出すのがあなたのミッションよ」


「無理だろ!!」


 そもそも部長は俺が部長の両親が亡くなっていることを知らないと思っている。

 それなのに俺が突然そんな話を切り出したら、当然アユリス様から情報提供を受けたことを明かさなくちゃならないし、そうなれば部長もいい気はしないだろう。それどころか最悪絶交だ。


「まあ、今すぐに聞き出せとは言わないわ。多少時間をかけてもいいから……、なんかこう……いい感じのムードになった時に、こう……さらっと聞いてくれればいいから!」


「指示が雑過ぎますよ!」


 彼女が女性じゃなければ一発ぶん殴ってやりたいところだ。


「というか、アユリス様が聞けばよくないですか?答えてくれるかは分かりませんけど、もし部長に嫌われてもいいじゃないですか。女神の間に来なくなるんですから」


「は?あなたサイテーね。私たちの友情をなんだと思ってるわけ?」


「いや、女神様が一般人と友情を結ぶのってどうなんですか……」


 部長が一般人の枠に収まるのかについては諸説あるが、それは一旦置いておく。


「そういうことで、私からの話は以上!で、そっちはなんか進展あった?」


 こちらとしてはまだまだ文句が渋滞しているのに、雑に話題を切り替えられてしまった。

 いやまあ、アユリス様に俺の文句が届かないということは嫌と言うほど知っているが。


「……オカ研に新入部員が入りました。あと、来週末に『廃村から異世界へ!山神様召喚ツアー』に行くことになりました」


 俺は素直に今日部活であった出来事を話した。

 するとアユリス様は、自分から聞いておいた癖に、特に興味がないといった様子で答えた。


「へー、青春ね」

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