第15話 部長の秘密

 『廃村から異世界へ!山神様召喚ツアー』の大まかな旅行計画を部長から聞いて、その日のオカ研は解散となった。

 部長の説明は「廃村に行って山の神を呼び出す儀式を執り行う」というあまりにもシンプル過ぎる内容だったのだが、まあ要するに、やろうとしていることは少し前に部長が勝手に行っていた悪魔召喚の儀式の豪華版といったところだろう。


 身近にアユリス様という女神がいるのに新たな神様を呼び出そうとしているということは、部長的には、アユリス様にお願いして異世界に転移する作戦は既に失敗扱いなのだろうか。

 であればなんだか失礼な話であるが、確かにアユリス様の適当具合を目の当たりにすれば、彼女に執着するのは時間の無駄だと考えるのも無理もない。


 そんな不敬なことを考えながら帰宅すると……、


「あ、おかえりー」


「……はあ……なんなんですかマジで……」


 大きなため息を吐いた。

 すっかり見慣れたジャージ姿のアユリス様が、俺のベッドに寝そべりながら呑気に漫画を読んでいた。

 おかしいな。玄関の鍵は今朝しっかり締めたはずなんだが。


「ああ、鍵なら勝手に開けさせてもらったわよ。……てか、あなたなんか臭いわね。ちゃんと風呂入ってんの?」


「ええ……!俺そんなに臭いですか!?それ言われるの本日二度目なんですけど……」


 本格的に俺は自分の体臭と向き合わなければならないのかもしれない。いやでも、これまではそんなこと言われなかったのに、一体俺の身体にどんな変化が訪れたというんだ。不本意だが、今度部長の意見も聞いてみようかな……。


 というか、今サラッと流してしまったが、なんだよ、「鍵なら勝手に開けさせてもらったわよ。」って。アユリス様に合鍵を渡した覚えはないぞ。

 まあ、女神である彼女の前で物理的な施錠は意味を為さないのだろう、ということはなんとなく想像がつくが。


「……そんなことより、今日は一体どんな用ですか?いつもより来る時間が早いですけど、まさか漫画を読みに来た、とか言いませんよね?」


 俺はなるべくショックと苛立ちが表に出ないよう尋ねた。

 我ながら不安定な精神状態だ。返答次第では、彼女は人類の反逆を味わうことになるだろう。


「そんなわけないでしょ!ちゃんと話があって来たのよ。……というか、あなた最近私に対して失礼な言動が多くないかしら?」


「いや、そんなことは……」


 ある。あるよ。

 でも、一般人とおやつを食べたり、ゲームを楽しんでるぐーたら女神を畏れ敬えという方が難しいだろう。

 敬意を払ってほしいなら、敬意を払いたくなるような態度を示せ、と俺は思うのだ。

 口が裂けても、そんなことは声に出さないけれども。

 この人を怒らせたら何をされるか想像もつかない。


「それで、話ってなんですか?部長については一旦様子見、てことになってましたよね?」


「なんか雑に話題を逸らされた気がするけど、まあいいわ……」


 そう言うと、アユリス様は寝転んだ状態からベッドに座り直した。

 そして、やや低いトーンで話を始めた。


「実は私、仕事の合間を縫って桐子ちゃんのことを調べてたの。人間一個人の情報を洗い出すって、なかなか大変な作業だったんだけど……。でもそしたら、すごい秘密が明らかになったのよ」


「すごい秘密……?」


 そんな情報を本人の知らない間に漏らされるなんて、玄関の鍵の件もそうだが、女神というのは人類のプライバシーをなんだと思っているのか。

 でも、かなり気になるのも事実だった。


 アビルくんもなかなか得体が知れないが、それでいうと、部長も負けず劣らず得体が知れない。

 彼女が一体どんな秘密を抱えているのか。本人には申し訳ないが、アユリス様の話を遮る気にはなれなかった。


 アユリス様は俺のそんな意志を汲み取ったように深く頷き、そしてゆっくりと、慎重に、真剣な様子で言葉を続けた。



「…………桐子ちゃんの両親、本当は既に亡くなっているみたい」



「……………………え?」



 その言葉の意味を飲み込んで初めて、俺は部長の秘密を聞いたことを後悔した。

 心臓が刺されたように痛む。


 窓から差し込む夕日が、俺の影をくっきりと映し出していた。

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