第21話 暗がり
「すいませーん、綿あめ二つくださーい」
先ほど、祭りそのものにおかしな様子はないと言ったが、それは間違いだったかもしれない。
「すいません!綿あめ!二つ!!」
綿あめの屋台の前で大声で喚いている部長がその証拠だ。
「はあ……、ダメだ。完全に無視されてるよ……」
「いや、もう無視とかいう次元じゃないでしょう」
そう。どういう訳か俺たちは完全に無いものとして扱われていた。
屋台の列に並んで入れば平気で前に割り込まれるし、店主に綿あめを注文しても応答はなく、別のお客さんの相手をする始末だ。
部長が喚こうと、怒鳴ろうと、相手の肩を揺すろうと、全くの無反応。
これで意識的に無視を貫いているというのなら拍手を送るレベルの芸当だが、どちらかと言うと、俺たちの存在自体を認識していないようなレベルの無反応だった。
「やっぱり普通の祭りじゃないんですよ。少なくとも、俺たちみたいなふざけた格好のやつらが参加するような祭りじゃ……」
「う~ん、そうか……。いやしかし、かくなる上は……」
そう唸りながら店主めがけて拳を振り上げた部長を見て、俺はようやく彼女を制止した。
その後も他の屋台や道行く人に声を掛けてみたが、結果はすべて同じだった。
皆、聞く耳を持つどころかこっちを見てくれさえしない。
害意があるよりはよっぽどましだが、賑やかなお祭りと対照的な疎外感があって、次第に気味が悪くなってきた。
いやまあ、村人が仮面をつけている時点でかなり気味は悪いのだけれど。
「いやあ~こりゃ困ったな。というかボク、もう足がへとへとだよ……」
「たしかにそうですね……」
村を発見した興奮と緊張感ですっかり薄れていた疲労感が今更全身を襲った。
当然といえば当然だ。バスを降りてから、もう三時間近くほとんど休憩もなしに歩き続けているのだから。
「とりあえず、一旦休める場所を探そう。あまり動き回らないほうがアビルとも合流しやすいだろう」
「休める場所、ですか……。あ、あそこなんかどうです?」
通りに並ぶ屋台が途切れた先、提灯の光が届かない暗がりに、石製の鳥居とそこから上に続く階段が見えた。
不気味さはマシマシだが、他に人は見当たらないので、少しぐらい座り込んでも問題ないだろう。
特段木々が生い茂っているということもなく視界が遮られているわけではないので、アビルくんのこともすぐに見つけることができるだろう。
「この際どこでもいい。とにかく座らせてもらおう」
〇
俺と部長はそれほど長くない石段の中腹あたりに横並びで腰を下ろした。
頂上には入口にあったのと同じような鳥居が見える。恐らくその向こうに神社の本殿があるのだろう。
「あ~~、つっかれたあ~。こんなに歩いたの、生まれて初めてだよ」
「部長の荷物を持たされなければ、俺はもう少し楽だったんですけど」
目上の人間の荷物を持つのは当然の義務だろう、などとパワハラめいたことをのたまう部長を、俺は例のごとく無視する。
確かに、かなり疲れた。完全に運動不足の俺からすると、ここまでの疲労を感じる機会はなかなかに稀だ。
少し遠くの祭りの光が、ややかすんで見える。
……にしても、お祭りと言ったら大抵その地域の神様を祀るものだろうと思っていたけれど、境内に提灯の光もないどころか、誰もいないのはどういうことなのだろう。
まあ、この村に世間一般の常識を当てはめるというのも的外れな発想なのかもしれないが。
「……………………」
そして二人とも黙りこくってしまった。
隣にいる部長を見ると、彼女は体育座りをして、膝の上に顎を乗っけたまま静止していた。
お面を被ったままで表情が見えないので、起きているのか寝ているのか、あるいは死んでいるのか判別がつかない。こんなところで死なれては、迷惑を被るのはこちらなのだけれど。
通りの明かりをぼんやりと眺めていると、俺はどういうわけか、ふとアユリス様の言葉を思い出した。
そう、「あなた、桐子ちゃんにどうして両親が亡くなっていたことを隠していたのか聞いてきなさい」という無理難題のことだ。
彼女は「なんかこういい感じのムードになった時に」などと言っていたが、今がその時なのではないだろうか。
いや、そもそも他人の古傷を抉っていいムードなんてあるわけがないのだけれど、今は二人きりだし、この村なら部長を知る人に話を聞かれる心配もない。
状況的には十分に適している、と思う。
問題はどう話を切り出すのかだが……。
「……なんか、この状況ってあれを思い出しますよね」
「……あれってなんだよ」
部長から応答があった。良かった、死んでなくて。
「ほら、あのー……、イセハゲ第7巻の」
「ああ、宴のシーンね」
「そうです、それそれ……」
イセハゲ第7巻の宴のシーン、というのは主人公の丸山光一が魔王軍四天王の一角を討伐した際に、王国で催された宴をヒロインのエルフと抜け出し、王城のバルコニーで自らのカツラを脱ぎ捨てて月光に輝く頭皮を晒すという、同作でも屈指の名シーンのことだ。
墓場まで持っていくと決めた秘密を明かした主人公と、それを温かく受け入れるヒロインとの熱い抱擁のシーンは、涙なしには語れない。
「あれにはボクも感動を禁じえなかったな。おかげで手に持っていたコーヒーをちょっとこぼしてしまったよ」
「あ、あのシミってそういうことだったんですか……」
いや、違う違う!本題はここからだ。
俺は一つ咳ばらいをして、勝負に出る。
「……あー、そうだ部長。イセハゲを模して、俺たちもお互いの秘密を明かす、というのはどうでしょう?せっかくですし」
何がせっかくなのかは自分にも分からないが、俺は提案した。
そうだ、これが部長から両親の真相を聞き出すために俺が考え出した精一杯の話術だ。笑いたいなら笑うといい。
現に俺には、アユリス様が嘲笑する幻聴が聞こえる。
だって仕方がないじゃないか。
逆に尋ねるが、何をどうやったら肉親の死を隠している女性に、その真実を語らせることができるのだ。
そんなことコミュニケーションの名誉教授でもなければ至難の業だろう。
それに俺だって部長が素直にこんな提案に乗ってくるなんて思っていない。
一笑に付されて終わりだろう。
そうだ、これはただの実験というかお試しというか、とにかくそういうあれだ。
案の定、部長の返答は…………、
「いいよ」
「え?」
今なんて言った?
「……いいん、ですか?」
「うん、面白そうじゃないか」
いつもの飄々とした声が返ってきた。
全く、この人はいつも俺の想像を残酷なほどに軽く超えてくれる。
今回は珍しく良い方向に、だけれど。
「だってライトの秘密が聞けるんだろう?あ、嘘はつくなよ。言い出しっぺは君なんだから」
「ぐっ」
飄々というよりも嬉々としている様子の部長がこちらに面を向けた。
前言撤回。事態は必ずしも良い方向に方向に向かっているとは限らないかもしれない。
部長の悪魔的な笑みが、仮面ドライバーのお面の上からでも透けて見える。
「ではまずボクから話させてもらおうか。お楽しみは後に取っておくとしよう」
「ちょっと部長!変にハードル上げないでください」
あれ、おかしいな。思い描いていたイメージとやや違う。
こんな和気あいあいとした展開は望んでいないのだけれど。
しかし、すぐにまた俺は裏切られる。
こちらから視線を外し、再び祭りの灯りの方へ向き直る部長。
てっきりこのままふざけた調子で話すのかと思っていたその声は思ったより低く、そしてはっきりと、告げる。
「……実はボク、好きな人がいるんだ」
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