第39話 アユリス、死す

「逃げるわよ!!」


 アユリス様の発した声で正気に戻り、俺たちは再び階段を駆け上がった。

 本当なら建物の外に出た方がいいような気もしたけれど、出口の方は他の魚人たちで文字通りすし詰め状態であり、脱出は難しそうだ。


 今はとにかく、あの鮫から距離を取ることだけ考えよう。……と、思っていたのだが。


「グオオオオオオオオオオオオオ!!」



「おい!あいつボクたちの方を追ってきてるぞ!!」


「ええ!?」


 部長の言う通り、鮫は周りにあれだけ獲物がいるというのに、咆哮をあげながらまっすぐに俺たちがいる階段の方へ迫って来ていた。

 荒々しい息遣いで、白目は血走っている。ゾンビ映画のラスボスみたいなそいつは、とてつもない迫力だ。


「ど、どうするんですかアユリス様!?」


「上の階の廊下を渡れば別の階段があるわ!そこから下に降りて外に出ましょう!」


「外に出てからはどうするんですか!?」


「外に出てからは……えーと……、頑張って亀之助を探して、わたしたちだけでも逃がしてもらいましょう!!」


「ははは!ずいぶん適当だな!」


「何がおかしいんですか部長!?」


 不安しかない今後の方針を聞いてるうちに、2階に到着した。

 先ほどの話のとおり、俺たちは廊下を走って建物の反対側にある階段を目指す。


 俺たちは学校なら先生に怒られるだけじゃ済まないほどの速度で長い廊下を疾走した。振り返る余裕すらないが、大きな足音が一定の距離を保ちながら付いてきており、時折魚人の「ぎゃあっ!」とか「わあっ!」といった断末魔が聞こえる。


 意図せず囮のようになってしまった彼らの冥福を祈りつつ、とにかく走った。

 走って走って走ることだけを考えた。


「階段よ!」


 そしてようやくお目当ての階段までたどり着いた。

 とは言っても、依然として状況はひっ迫しているが、とにかく外へ出てしまえば逃走経路の幅も広がるというものだ。


 ……しかし、物事はそう上手くは運ばない。


「グオオオオオオオオオオオオオ!!」


「なっ!?」


 全速力で動いていた身体に急ブレーキをかけた。


 なんてことだ……!

 あろうことか、俺たちが目指していた一階へ続く階段から、もう一体の鮫型魚人が現れたのだ!

 しかもこちらも同様に、完全に狂暴化し、我を失っている様子だ。


「ど、どういうことだ!?」


 流石に焦りを隠せない様子の部長。

 俺は咄嗟に後ろを振り返ってみるが、変わらず狂乱の鮫男がこちらに迫っている。


 つまりは前門の鮫、後門の鮫である。

 俺たちはどういうわけか、二匹の鮫に挟み撃ちにされていたのだ。


 ……ああ、そういえばあの鮫魚人は確か乙姫様の護衛をしていたやつじゃないか。そして彼らは二人いたはずだ。片方が狂暴化しているのだから、もう一方が今どうなっているのか気を配るべきだったか……、と思ったが後の祭りだ。


 絶体絶命のピンチに陥ったわけだが、そこで立ち上がったのは意外にもこの人、いや、この女神だった。


「おりゃあああああああああ!!」


 雄たけびを上げながらアユリス様が階段を上がってきた鮫に飛びついた。


「アユリス様!?」


「二人とも上よ!上に向かいなさい!!」


 鮫魚人と取っ組み合い、相撲を取っているような体勢でアユリス様は叫んだ。

 たしかに、下る階段が鮫魚人で塞がれている以上、逃げ道は上りの階段しかない。

 

「でもアユリスはどうするんだ!」


 部長が言った。

 するとアユリス様は、あろうことかこの状況で、歯を見せてはにかんだ。


「私のことなら心配ないわ!なんてったって女神なんですもの!必ず後で合流するから!」


「……でも」


「部長!今はとにかく逃げましょう!このままじゃ全員食われます!!」


「くっ……!」


 躊躇する部長の手を引いて、俺は強引に階段を駆け上がった。

 次の階に到達した直後、階下から


「ほげえええええええええええええええええええ!!」


 という絶叫が響いた。



 くそ……、一体いつまで続くんだこの悪夢は……!

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