第38話 乙姫様、死す
二泊三日を予定している『常夏!竜宮城バカンスツアー!』の二日目は、とにかくまだ回れていない竜宮城の施設を巡ることに専念した。
なぜか海底に住まう熱帯魚と触れ合ったり、巨大なクロマグロをさばかせてもらったり、海洋生物の化石が並ぶ博物館を見学したりと、相変わらず充実した体験ばかりだった。
そして再び美味しい夕食を堪能し、海底火山を利用した天然温泉に浸かって、自室に戻って就寝しようとベッドに腰かけたその時。
事件は起きた。
「きゃあああああああああああああああああああ!!!」
「!?」
突然、部屋の外から悲鳴が聞こえたのだ。
何事かと思って廊下へ出てみると、俺と同じように部長とアユリス様が隣の部屋から出てきた。
「聞きました……?今の声?」
俺が尋ねると、二人とも首を縦に振って応えた。
「しかし……一体どこから?」
「私が聞いた感じ、下の階からだと思うけど」
「ということは一階か。よし、行ってみよう」
そう言って迷いなく歩き出す部長。
「ちょっと待ってください!危ないかもしれませんし、なにかアナウンスが来るのを待った方がいいんじゃ……」
「何を言っているんだライト!危険かもしれないから迅速にスタッフと接触して、安全を確保してもらうんだろうが!」
さも正論、といったように反論されたが絶対ウソだ。
単なる野次馬根性だろうが!
「まあ、今は私がいるんだし安心しなさい。女神パワーで守ってあげるから!」
アユリス様は自身満々に言うが、正直あんまり安心できない。
あんたの女神パワーで守られたことなんて一度もないんだもの。
「そうと決まれば早く行こう。人が集まると何が起きたのか見れないかもしれない!」
そういって部長は再び駆けだした。
やっぱり野次馬じゃないですか……。
〇
俺たちの客室がある二階から降りてみると、アユリス様の推測通り、どうやら一階でなにか起こったらしい。
魚人たちが慌てふためきながら四方八方に走り回り、完全にパニック状態だ。
「い、一体何が……?」
「とりあえず、事情を聞いてみましょう!」
「ああ、そうだね。……ちょっと君!これはどういう状況だ?何が起こっている?」
魚人の一人を捕まえて部長が尋ねた。
「さ、ささ、
「鮫右衛門?」
その不穏なセリフの意味を、俺たちはすぐ知ることになる。
「き、来たぞ、来たぞ、来たぞおおおおおおお!!」
「きゃあああああ!!」
「早く逃げろ!!」
「どけえっ!」
周囲が一段と騒がしくなる。
それと同時に、ズン、ズン、ズンという音が響き始め、だんだんと大きくなる。
音が迫ってくる方向に目をやると、そこにいたのは……巨大な鮫の魚人だった。
口周りを血で濡らし、白目をむいた鮫が、こちらに近づいてきていた。
騒ぎの元凶はこいつだ、と理解するのに一秒もかからなかったと思う。
「ヤバいですよ部長!よく分からないですけどとにかく逃げましょう!」
「あ、ああ、そうだね。アユリス、なにかあの鮫を止める手段はないのか?」
「なに言ってんのよ!?さっさとこの場から離れるわよ!」
女神パワーで守ってあげる!とか言っていたアユリス様が、一目散に逃げようとしていた。情けなくないのか!と叱責したい気持ちはあるけれども、それは無事安全を確保した後だ。
俺たちは比較的混雑していない上階への階段に向かって駆け始める。
しかしそのタイミングで、ここ竜宮城でもっとも信頼できる人物が姿を現したのだ。
「静まりなさい!!」
凛とした声が、その場に響いた。
驚いて声の方を見ると……、なんと乙姫様が、あの明らかに狂乱状態の鮫の前に立ちはだかっていたのだ。
体格の差は明白だが、その気迫のある凛々しい姿を前に、鮫だけでなく他の魚人、そして俺たちも動きを止めていた。
「一体なにをしているのですか!お客様がいらしているというのに!あなたには竜宮城のスタッフとしての誇りというものがないのですか!?」
鬼気迫る表情で説教を始めた乙姫様。
血みどろの鮫を前に一切気後れする様子はない。
流石は竜宮城の主だ。
彼女に任せておけばどうにかしてくれる。そんな信頼感がある。
きっとこのまま鮫の魚人を正気に戻してくれるだろう。
ああ、一時はどうなるかと思ったけれど、よかったよかった……。
「だいたい、いつも言っているでしょう!あなたは血を見ると興奮して我を忘れてしまうのだから、厨房には絶対入らな」
「あぐ」
……それは一瞬だった。
簡潔に言うと、乙姫様が鮫右衛門に丸呑みにされた。
「きゃあああああああああああ!?乙姫様あああああああああああああ!!」
どこからともなく鳴り響く絶叫。
城内は再び、絶望の淵へと落とされる。
最悪の夜が幕を開けた。
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