第40話 遺言
「それで部長、これからどうしましょう……!?」
「いま考えてる!」
アユリス様と悲劇的な別れをしてから、俺と部長は階段をとにかく上へ上へと登った。特に策があるわけではないが、下に降りようとすれば、アユリス様の二の舞になるかもしれないと思ったからだ。
現在自分たちが何階にいるのかすら、もはや俺には分からなったが、ほぼ感覚がなくなった足を無理やりにでも上げて延々と階段を駆け上がった。
「……ら、ライト……!」
「なにか思いつきましたか……!」
部長の天才的な頭脳が打開策を見出してくれた、と期待していたのだが、そうではなかった。
「……いや……ごめん……はあ、少し、休ませてくれ……」
次の階までもう少しといったところで部長は立ち止まり、大きく肩で息をしながらそう言った。
俺もその意見には賛成だ。脚に限界がきているのは薄々気が付いていたし、幸いにも鮫たちとの距離はそれなりに開いているようでその姿は見えない。
「……分かりました。……でも、どこか隠れる場所を探しましょう。ここで棒立ちはまずいですから」
〇
俺たちは次の階の適当な部屋に隠れることにした。
部長が直感で選んだ部屋に入ってみると、そこは壁際にたくさんのロッカーが並ぶ、従業員用の更衣室かなにかだった。
そしてどういうわけか俺と部長は、同じ一つのロッカーに、向かい合うようにして入ることになったのだが……。
「あのー……部長、わざわざ同じロッカーに入らなくても良かったんじゃ……。めちゃくちゃ狭いですし……」
「うるさい。作戦を思いついたときにすぐ伝えられた方がいいだろう」
……まあ、それはそうか。
にしても、魚人が使っているせいかロッカー内が若干魚臭いし、部長の息が身体に当たってくすぐったい。居心地は最悪だ。
加えて女性と二人きりでロッカーに入るなんて、あまりにも卑猥なシチュエーションじゃないか。緊急事態といえども、気を遣わずにはいられない。
そんな風に気を揉みながらも休息を取っていたわけだが……、そんな平穏な時間は長くは続かなかった。
ズン……ズン……と、あの大きな足音が聞こえてきてのだ。
しかも足音の間隔から二匹が一緒にいると予想される。
なんだよ、共食いとかしないのかよ……。
けれども俺たちが隠れている場所までは分からないだろう。
竜宮城にはやたら沢山の部屋がある。ピンポイントで俺たちがいる部屋を見つけられるわけが……。
ドガンッ!!!ガッシャンッ!!!
「ッ!!?」
心臓が飛び跳ねる。
大きな衝撃音が轟いた。それも、ものすごく近くで。
俺は恐る恐る、ロッカーの扉の隙間から部屋の様子を窺ってみる。
……ああ、残念なことに床には大破した部屋の扉が横たわり、二体の鮫魚人が、窮屈そうに身をかがめながらキョロキョロと部屋を見回しているのが見える。
部長も同じ光景を見たようで、かつてないほど厳しい表情を浮かべている。
この様子じゃ、ついに妙案は思いつかなかったらしい。
まさに、絶体絶命のピンチだ。いや、ピンチですらない。
あの世への快速列車に乗ったようなものだ。
このままロッカーに隠れていては、見つかるのは時間の問題だろう。
そうすれば二人とも食われてしまう。
……そんなのは嫌だ。せっかくここまで逃げてきて、乙姫様やアユリス様を犠牲にしてまで逃げてきて、結局誰も助からないなんて嫌だ。
せめて、せめて部長だけでも、生きて逃げ切って欲しい。
だったら、俺が取るべき行動は、一つしかないだろう……。
「……部長」
「?」
俺が可能な限り小さな声で囁いた。
部長は怪訝な顔でこちらを見つめている。
「部長、俺が囮になるので部長だけでも逃げてください」
「……なっ!?」
部長は目を丸くした。
予想通りの反応だけれど、俺が彼女を驚かせるなんて新鮮だ。
「なにを馬鹿なことを……!」
「いいですか。俺があいつらを引き連れて上の階へ向かうので、部長は下の階に降りて外へ出てください。……その後どうなるかは分かりませんけど、誰かが助けてくれるはずです」
「ライト……!」
部長の瞳が潤んで、若干泣きそうになっていた。
普段は俺のことを小馬鹿にするスタンスを崩さない部長だが、やはり根は良い人なんだ。だからこそ、心苦しくはあるのだけれど。
「それじゃあ部長、お互い生きてたらまた会いましょう」
「ダメだライト!行くな……!」
部長の震える手が俺の腕を掴んだ。
すごく弱弱しくて、なんだかこちらまで泣きそうになってくる。
他に、なにか言い残したことは……。
……あ、そうだ。
アユリス様に、宿題を出されていたんだった。
「……部長。……部長が着てた水着、めちゃくちゃ似合ってましたよ」
「……え?……こんな時になにを……」
「あでぃおす!!」
俺は勢いよくロッカーの扉を開けた!
部長の手を振りほどき、鮫どもの前に立ちはだかる。
四つの大きな白目が、俺のことを見下ろした。
「こっちだ!着いてこいジョーズ野郎ども!!」
俺は声を張り上げると部屋の出口に向かって駆けだした。
二匹の鮫魚人はつられるように俺の背中を追い始める。
よし、ここまでは順調だ。
16歳の夏、最初で最後であろう命がけの逃走劇が始まった。
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