第25話 線香花火
「もう、お二人とも酷いじゃないですか。僕をほったらかして、こんなところにいるなんて」
「ははは……、ごめんごめん」
石段を上がった先の、社殿の前の広場でアビルくんはようやく俺たちと合流した。村に俺たちの姿がなかったため、かなり探し回っていたらしい。
流石に申し訳ないことをしたな、と思ったけれど、本人にはそれほど怒っている様子はなく、いつも通りの不気味な薄ら笑みを浮かべている。
「それで、今はどういう状況なんですか?知らないうちに新キャラが登場してますけど」
そう言って部長たちと神様の方へ視線をやる。
「見たまえ!五本同時着火だ!!」
「き、貴様!こちらに向けるでない!危ないじゃろうが!」
と、すでに花火パーティーが始まっており、キャッキャッとはしゃいでいる。
「ああ、実は……」
俺は階段で休んでいるところで神様に出会ったことと、彼女から聞いた話を簡単に話した。実際はそう簡単には話せないし、そう簡単に飲み込むこともできないような内容だったが、アビル君の反応は実にそっけないものだった。
「へー、祟り神ですか」
「反応薄すぎない?かなり衝撃的な出来事だと思うけど……」
「そりゃあ、驚きはしますけどね。こんな山奥ですから、逆に人間の女の子じゃなくて良かったー、って感じですね」
「まあ、確かに」
なんならそっちの方が怖いまである。
にしても、アビルくんの冷静具合もおかしいと思うが……。
「そんなことよりライトさん。部長さんとはどうでしたか?なにかありましたか?」
「え?なにかありましたかって……あ、もしかして……」
こいつ、トイレに行くとか言っておいて、俺たちを二人きりにする思惑だったのか。まさか俺と部長をくっつける作戦の一環だったなんて……、やり方が古典的すぎるだろう。
まあ、残念ながら部長とは何もなかったわけだが……、うん?なかったよな。
神様のインパクトでよく覚えていないけれど、……なにもなかったよな。
「……別に」
「ありゃー、そうですかー」
納得したならそのにやにやした顔をやめろよ。
「おーい二人とも!何をサボっているんだ。早く花火を消費したまえ!このペースじゃ朝まで終わらないぞ!」
両手に花、ではなく両手に花火を持った部長が呼びかけてきた。
花火に照らされた部長の笑顔は、いつになく楽しそうだった。
「神様と花火だなんて、大変僭越ですが僕らも参加させてもらいましょうか」
「そうだな」
〇
手持ち花火大会はかなりの時間続いた。
どういうつもりであんな大量の花火を持ってきたのか部長に尋ねたのだが、曰く「山神召喚の儀式のため」らしい。お面に花火って……一体俺たちに何をさせようとしていたんだ。儀式をする前に神様が自分から現れてくれて本当に助かった。
途中で休憩を挟み、アビル君が持ってきたカップスープや俺が持ってきた菓子パンなんかをみんなで一緒に食べた。
供え物にカップスープはなかったのか、神様が高級フレンチでも堪能するように飲んでいたのが印象的だった。
その後も、ほとんど作業みたいな感じで花火を消費し、山ほどあった花火も、とうとうそれぞれの袋から温存しておいた200本近い線香花火のみとなった。
しかし、一生分あるのではないかと思えた線香花火も、時間がかかるので一気に火を付けたり、振り回したりしていると次々と燃え尽き、俺たちはラスト一本ずつを手に取って構えていた。
「それじゃあ、誰が一番燃えていられるか勝負といこうじゃないか」
「部長、三本を重ねて一本みたいにしないでください」
「は~、そうですよ部長さん。ふ~、こういうのは正々堂々やらなくては意味がありませんよ。ふう~」
「そういうなら俺のに息を吹きかけようとするな!」
全く、この人たちは情緒がないんだから……。
ほら、神様を見習ってもっとしみじみした感じで……。
「…………」
……今更だけれど、今夜消えてしまう神様に線香花火を手渡したのは良くなかっただろうか。線香花火って、命のメタファーとして用いられることも少ないし。
いやいや、考え過ぎか。そもそも、彼女は自分が消えることにあまり頓着がないみたいだった。神様と俺たちじゃ、何もかもが違うんだから……。
「綺麗じゃの」
神様はポツリと呟いた。まるで独り言のように。
「……そうだね」
零れ落ちそうだったその言葉を拾い上げたのは部長だ。
見ると、部長の線香花火はピークを過ぎ、光が弱まりながら、終わりに向かっているようだった。
「ねえ、そういえば君はなんて名前なんだい?」
唐突に、部長は神様に尋ねた。
そうだ、ずっと神様と呼んでいたけれど、彼女にも名前があるはずだ。
相変わらず、クラス替えした二日目みたいなテンションで部長は神様に話しかけてるけど、それを不快に思っている様子はなかった。
「……今更どうでもよいじゃろう、名前なぞ」
「よくないさ」
食い気味に否定する部長。
その目は自身の線香花火ではなく、神様の方をまっすぐに見据えている。
「神が生きるには人の思いが必要なんだろう?だったらボクたちが君のことを思っていれば、君は生きていられるということじゃないか」
「あ」
確かに、理屈ではそうなるか。
いやでも、そんな単純な話なのか?かつて多くの村人に畏れられていた神が、ここにいる三人に思われた程度では……。
「焼け石に水、じゃな」
神様の花火はすでに火花を散らすことをやめ、火の玉が今にも落ちそうになって、震えている。終わりはもう、変えることができない。
「……じゃが、そうじゃな。せっかくじゃから教えておいてやろう。色々と楽しませてもらったわけじゃからの……」
そう言って小さな神様は、その小さな身体相応の、無邪気な笑顔で自身の名を口ずさむのだった。
「わしの名は―――」
名前を言い切った瞬間、気づけば俺たちの中で最後まで光を放っていた、彼女の線香花火の玉がポトリと地に落ちた。
白い煙がゆっくりと闇夜に上っていく。
それを追うように俺が視線を上げると、もう、村には祭りの灯りも、囃子の音もなくなっていた。
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