第24話 祟り神
「幻って……」
いやいや、それはいくら何でも……。
実際、通りを歩いているときに肩がぶつかったりもしたし、あそこにいる人々に実体があるのは確認済みだ。
それに、あんな広範囲の幻を作り出すだなんてそんな……。
「おぬしらはあそこの通りを辿ってここにやってきたのじゃろう?なら、なにか違和感を覚えたのではないか?」
幼女の言葉を聞いて、部長はハッと何かに気が付いた様子だ。
「そういえば、ボクたちのことをガン無視していた!どれだけ声を掛けても答えてくれなかった」
「あ、たしかに」
しかもただ無視しているというより、俺たちの存在に気付いてすらいないようなレベルの無視だった。
「ま、そうなるじゃろうな。なにせ、あの祭りはわしの記憶を再現しているに過ぎんからの。外から来たおぬしらが干渉することは、ほぼ不可能のはずじゃ」
さも当然のように語るが、それってどれくらいすごいことなのだろう。
実体を伴う幻。やはり神レベルの存在にしかできないことなのだろうか。
「じゃあ、村人全員がお面をつけていた理由は?もともとそういう祭りだったのかい?」
と部長が尋ねた。確かに、お面についても大きな違和感の一つだ。
「ああ、あれは単純にわしが人の顔を覚えておらんから適当につけただけじゃ。人が蟲の顔を見分けられんように、神も人の顔を見分けられんからの」
「人間って蟲レベルなんですね……」
なんか嫌なセリフだな。
それなりに仲がいいと思っているアユリス様も、実は俺たちのことをその程度にしか思っていないのだろうか。それにしては部長に振り回され過ぎな気がするけれど。
だが、とにかくこの幼女が人とは隔絶した感性の持ち主であることは分かった。
本当に神様なのかは分からないが(というか神様の定義も知らないし)、少なくともそれに準ずる何かなのは間違いないのだろう。
であればもう一個、気になる点があるのだが……。
「なるほど、君があの祭りを作り出した、というのは分かった。分かったんだが……、ではそもそも、なぜそんな蟲レベルの人間たちの祭りの様子を幻で再現したんだい?特に意味があるようには思えないけれど」
さすが部長。毎度俺の思考を先取りしてくれる。
が、もう少し物腰柔らかに他人と接してはくれないだろうか。相手が神様だと分かったのだから、機嫌を損ねないように立ち回ってもらいたい。
何されるか分からないんだから。
案の定、幼女はめんどくさそうな表情でこちらを見つめている。
「な、なんかわし、かなり厄介な人間に絡んでしもうたかの……?」
……その通りです。
「まあよい、どうせこうして人と言葉を交わすというのも今日で最後じゃろうからな……」
そう呟きながら幼女は遠くへ視線をやった。
村を囲む山々よりも、さらに遠くを見るように。
「先刻、人を蟲のように例えたがの。じゃからと言って、人間を疎んでおるわけでも、嫌っておるわけではない。むしろ、わしは人の営みというものを好いておるし、憧れを持っておった」
「特に祭りの日は好きじゃ。普段静かなこの村に、多少なりとも活気が宿るからの。村を出た若い衆もこの日は大抵戻っておるし、外から屋台の業者を呼んだりして、年に一度の大賑わいといった感じじゃ。わしは境内から出られんから、活気づいた村をここから眺めるのを気に入っておった」
「じゃから……、人が失せた今もこうして、祭りの時期になると幻を作り出してつい眺めてしまうのじゃ。それが偽りのものとは、分かっておるがの」
「…………」
……なんか、想像よりしんみりする話だ。妙に人間臭いというか。
たまにテレビなんかで、過疎地域の現状を嘆く映像が流れたりするけれど、それは人間だけじゃなく、神様も同じなんだな。
人とは別次元の力を持つ神であっても、こればっかりはどうしようもない。
徐々に衰退していく村を、その終わりまで眺めていなければならないなんて、きっと誰よりも辛いはずだ。
「……でも、祭りが好きというならどうして境内にもその幻を作らないんですか?眺めるならもっと近くで見れた方がいいんじゃないですか?」
と尋ねたのは俺だ。質問攻めにするようで申し訳ないけれど、これもここに来て抱いた違和感の一つだ。
祭りといえば大抵神様を祀るものだろう。少なくとも俺の住む地域ではそうだった。神輿を担いだり、なんなら境内に屋台を置いている祭りだってあった。
一概にそれらと比べていいのか分からないが、にしても、神社の周りに提灯一つ置いていないなんて変だ。
俺の疑問に対しても、神様は答えてくれた。
「そりゃあ、いま再現しておるのはわしのための祭りではないからの」
「え!そうなのかい!?」
部長が驚きの声を上げる。俺も同じ気持ちだ。
「そうじゃよ。これは五穀豊穣を司る別の神を祭るものじゃ。もっとも、そやつは村が廃れる前に
衝撃の事実だ。いや、それじゃあこの幼女は別の神のための祭りを何年も眺めていることになるが……。
「そ、それじゃあ、あなたは何の神様なんですか?それに、別の神様の社は移されて、この神社がそのままなのも……なんというか……」
変だ。この神様、話を聞いている限り変なところばかりだ。変を司る神なのか?
「質問が多いやつらじゃのー」と、とうとう文句を言われてしまったがそれでも話をやめる様子はない。久しぶりに人にあったのがよほど嬉しいのだろうか、かなり饒舌だ。
「そんなに知りたいのなら教えてやるが、わしは……祟り神じゃ。病魔、飢饉、天才……あらゆる災厄を司る神がわしじゃ」
「え」
た、祟り神?名前からして超やばそうな感じなんだが。
「うわ、やばそう」
「ちょっと部長!いくら何でも表現が直接的すぎるでしょう!?」
「えー、別にいいじゃないか。ねえ神様」
やばそうだと思うならもっとやばそうにしろ!
毎年インフルエンザにかかる呪いとか掛けられたらどうするんだ。
ほらみろ、神様が肩を震わせて今にも襲い掛かりそうに……。
「わはは!おぬしら、こんな山中にやってきた時点で察しておったが、かなりの変人じゃのう。こんなに肝が据わった奴ら、この村では見たこともないわ!」
……存外お気に召したようだ。
「ああ、話を続けるとな、祟り神であるわしは村人にあまり好ましく思われてないようでの。村を挙げての盛大な祭りなんて行われたことは一回たりともない。せいぜい年に数回、供物を渡されるくらいじゃ」
「悲しいね……」
だからオブラートに包めっての!
「そういうわけじゃから、遷宮もされんかったし、村に置いてけぼりにされたわけじゃの。まあ、他の地に移るというのも気が進まんかったから、世を祟ってやろうとも思わんかったが」
わはは、とまた神様は笑い飛ばした。
それでも、未だに幻を作り出してまで過去の情景を眺めているのだから、寂しい思いをしていたのは間違いないだろう。
虫けらごときが神様の心中を推測するなんて、随分と傲慢な真似だけれど、それでも幼女の姿で現れられたら、同情せずにはいられない。
強い存在であるはずの神様の強がり。
そんなものを見せられると、心臓をつねられたようにいたたまれなくなる。
彼女はずっと見守っていたんだ。空っぽになったこの村を、一人で。
「そんな通夜のような顔をするでない。逆に罰当たりじゃぞ。それに、最後におぬしらのような人間と話せて今は気分が良いしの」
「ん?最後ってどういうことですか……?」
いや、そういえば少し前にも言葉を交わすのは最後だから……とかなんとか言っていたっけ?どういうことだ?
今日でお祭りの幻影を作り出すのは卒業するという意味か?
「最後は最期じゃよ。わしの存在は、今夜をもってこの世を去るということじゃ」
幼女は平然とそう言った。
〇
「この世を去るって……それって、死んでしまうってことですか……?」
「人間の尺度に当てはめるなら、そういうことになるの」
「で、でも、神様って不死身っていうイメージがありますけど」
なんの根拠もない、本当にただのイメージだ。
しかし神というのは人間とは別次元の存在だ。それなのに、人と同じような末路を遂げるだなんて、到底思えなかった。
「言いたいことは分かるがの。じゃが、実際何千何万年と生きる神はごく少数じゃ。神が存在するには人の思いが必要となる。願い、畏れ、感謝、恐怖、人に思われてこそ神は生きていくことができる。であれば、人が消え失せた土地の神の老い先など、そう長くないことは当然じゃ。実際、今宵の幻を作り出した時点で、わしの神としての力はほとんど空じゃしな」
「そ、そんな……」
そこで大きく肩を落としたのは部長だ。
大げさに頭を抱えて、膝から崩れ落ちる。
「それじゃあ、異世界転移なんて絶対できっこないじゃないかあ……」
「最低だ、この人」
「イセカイテンイ……?なんじゃそれは?」
「気にしないでください」
かなりシリアスな話題だったのに、さすがに幻滅しますよ部長。
まあ、シリアスに感じているのはこっちだけで、当の神様は特に気にしていないみたいだが。人と神ではそこまで感覚が違うのだろうか。
「そういうわけで、今のわしにはおぬしらを呪い殺すこともできんから安心せい。おぬしらが何を目的にこの村を訪れたかは知らぬが、まあ好きにすればよい。それと、泊まる場所がないというなら特別に本殿を貸してやってもよいぞ?あまり綺麗とは言えぬが、雨風を凌ぐ分には問題なかろう」
「ああ!それは助かるよ。民家の老朽化具合によっては、野宿も検討していたからね」
「初耳ですけどそんな検討!」
……にしても随分気前がいいなこの神様。出会ってすぐの人間を本殿に上がらせることを許すだなんて……、死の間際ではそんなのは些細なことなのかもしれないけれど。
それに、こうして神様が現れた時点で今回の「廃村から異世界へ!山神様召喚ツアー」の目的は果たされたといえる。幸いなことに異世界へ行くことは叶わなかったが、もうやることもないんだし、その本殿とやらで早く休ませてもらいたいものだ。
しかし、そうは問屋が卸さない。
「残念ながらボクたちの目的は達成できなかったけど、せっかくならここで全部使い切っておいた方がいいかもしれないな」
と言いながら、部長は自身の爆破寸前みたいなリュックを全開にした。
使い切る?何を?
そして、ガサガサっと音を立てながらその中身がぶちまける。
「あー、なにしてんですか」
俺は呆れながら階段にばらまかれたそれらを拾おうとして、驚愕した。
そう、そこにあったのは色とりどりの、大量の手持ち花火だったのだ。
小さなスーパーに売っている分を買い占めたぐらいはある。
そのうちの一袋を拾い上げて、
「さあ、今夜は寝かせないぜ」
と部長は楽しそうに笑った。
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