第23話 幼女
不意に投じられた呼びかけに対して、俺は反射的にポリキュアの面を外して振り返った。人ごみに紛れていた時はそうでもなかったが、個人と対峙するとなると、女児向けアニメのお面姿を見られるのは恥ずかしかったからだ。
自分でもこの状況で羞恥心が正常に機能したことに驚いたが、さらに驚いたのは俺たちの後方に立っていた人物だった。
そこにいたのは、それこそポリキュアを喜んで視聴していそうな年頃の幼女だった。
おかっぱヘアに、白を基調とした和風な装束に身を包んだ女児が、階段の数段上から、訝しげにこちらを見下していた。
分かりやすく形容するなら小さな巫女さん、といったような可愛らしい様子だけれど、しかし外見に見合わず、なんとも貫禄のある雰囲気を醸し出している。
「ああ、すまない。邪魔になってたね」
そう言いながら至って冷静に部長は素早く立ち上がり、階段の端に寄る。
それを真似するように俺もやたら威圧的な幼女に道を空けた。
「全くじゃ。神が通る道のど真ん中に居座るとは、罰当たりにもほどがあるじゃろう」
ふん、と鼻息を鳴らしてふんぞり返る幼女。
そういうあなたも階段のど真ん中に立っている訳ですけど。
というか一体この子は何者なんだ?
明らかにお祭りの場にいた村民とは様子が異なる。
服装も違えば、お面もしていないし、何よりこちらと会話が成立している。
でもそもそも、この村は廃村だったはずだよな?
そんな根本的な事実すらすっかり忘れてしまっていたけれど、ここに人がいることも、祭りが開催されていることも、こうして幼女を言葉を交わしていることも、本来ならおかしいんだが……。
「もしかして君はここの神社の巫女なのかな?だとしたら、色々聞きたいことがあるんだけど……」
ちょうど俺が気になっていたことを部長が尋ねた。
老若男女問わず、初対面の人とも臆せず会話ができるというのは、素直に尊敬するところだ。
しかしまあ、そのせいで厄介ごとに巻き込まれることも多々あるので、手放しで褒められるわけではないのだけれど。
そして今回も俺たちは、例のごとく厄介ごとの種を拾い上げてしまうのだった。
「何を無礼なことをぬかしておる。そこの神社の神はわしじゃ」
幼女は、さも一般常識でも語っているかのように言った。
「……ははっ」
無意識のうちに、俺は掠れた笑い声を漏らしていた。
〇
前にも似たような状況に陥ったが、幼女の自称神宣言を聞いて目を輝かせたのが、ご存知の通り部長だ。
「かかかか神ってどういうことだい!?もっと詳しく聞かせてくれないか!!」
「ちょっと、部長……」
冷静さを完全に失い、少女に詰め寄る部長。
少女はそれを軽くあしらうように話す。
「どうもこうもないわい、そのままの意味じゃ。というか、驚いたのはこっちじゃぞ。まさかこんな辺ぴな村に今更人がやってくるとは思わなかったからの」
淡々とした幼女の言葉を聞いて、ブリリアントカットが施されたダイアモンドのごとく、部長の瞳は輝きを増す。
「実はボクたち、あなたにお願いしたいことがありまして!」
「いやいや部長、なにもう信じてるんですか!?その子がほんとに神様かどうかなんて、全然分からないと思うんですけど」
「む、確かにそうか……」
危ない、危ない。一旦アクセルがかかると手に負えないんだから、この人は。
こんな善悪の判断もつかないような女の子の言葉簡単に信じるなんて、部長にできても俺にはできない。
一応女神様だと認めているアユリス様の場合は、初めて出会った場所が『女神の間』という異質な空間だったおかげでそれなりに説得力があったわけだが、今回は違う。
今回の場合、廃村とされる場所にある神社に白装束を纏った幼女がいた、というだけの話なのだ。……いや、こうして考えると十二分に怪しいのだけれど、それでも(アユリス様の存在でハードルが下がったとはいえ)そう簡単にポンポン神様が現れるわけがないだろう。
「……てことで、なにか自分が神だという証拠はないだろうか?」
と、部長は図々しく尋ねた。本当に相手が神様ならかなり失礼な物言いだけれど、今更指摘したところで部長が変わるわけがない、というのは明白だ。
幸いなことに、自称神様の幼女は部長の発言に腹を立てる様子もなく、「そうじゃの……」と少し俯いた後、祭りの灯りがする方を指さして言った。
「強いて言うなら、アレかの」
「アレ?」
俺と部長は、共に彼女が指さした方向を見たが、よく意味が分からない。
首を傾げるばかりだ。
「あの祭りは、わしが作り出した幻じゃよ」
幼女はそんなことを言ったが、俺にはまだ、意味が分からかった。
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