第5話 女神

 一気に全身が強張った。

 俺と部長が首だけを動かして恐る恐る声がした方を見ると、そこにいたのは、


 ―———————この世のものとは思えない絶世の美女であった。


 少しウェーブがかった金色の長髪が光を放ち、顔面のパーツはすべて一級品で、黄金比に基づいて行われた福笑いのごとく完璧に配置されている。透き通った碧眼は見るものすべてを吸い込むような引力を遺憾なく発揮していた。

 さらに、ティッシュペーパーを数十回に渡って漂白したような純白のドレスがその美しさをより一層引き立てている。


 老若男女誰もが見惚れてしまいそうな少女がそこには立っていた。しかし、その表情はあまり穏やかではなく……。


「あなた達は誰?ここはそう簡単に入れるような場所じゃないはずだけど!」


 金髪美女が大股でこちらに近づいてくる。俺は彼女の一挙手一投足に目が釘付けだったのだが、その視界に茶髪のパジャマ野郎が映り込む。部長である。


「安心しなよ、決して怪しいものじゃあない。ボクの名前は原 桐子。そこにいるのは田中 咲也、ボクの後輩だ。二人共ごく一般的な高校生で、そこのエレベーターを使って異世界に行ける方法というのを試していたら、なぜかここにたどり着いたというわけさ」


 部長は流暢に俺たちの現状を話した。こんな意味不明な状況だというのに、一体何を食ったらこんなに肝がでかくなるのだろう。というかタメ口かよ。

 そして対峙する美少女は俺たちを訝しげに観察し始めた。


「へえ、高校生ねえ……。そういえば、稀に一般人がここに迷い込むって話は聞いたことがあるけど……。まさかエレベーターが繋がっちゃうなんて……」


 眼前の美女は何かをぶつぶつと呟いている。きっと俺達には計り知れない事情があるのだろう。

 すると何やら考え事をしている彼女の方へ部長はふらりと近づき、


 そしてその両肩をがっしりと鷲掴みにした。


「きゃっ!?」美少女の驚いた声が漏れる。


 動揺する彼女のことなど微塵も考えていな様子で部長は目を輝かせていた。


「そんなことより、君はもしかしてというヤツかい!?」


 それを聞いた瞬間、俺ははっとした。

 そうだ、真っ白な空間に絶世の美女。異世界系ライトノベルの冒頭で交通事故で死んだ主人公が女神様からチートスキルを授かる儀式的なシーンの情景と完全一致していた。

 ごくりと唾を飲み込んだ。まさか、そんなわけ……。しかし女神という表現があまりにも当てはまる彼女は言った。


「え、ええ……。まあ、そうだけど……」


 本当にそうだった。やはり俺は夢の中にいるのかもしれない。


 女神様の返答に大満足の部長は畳みかけるように尋ねる。


「もしかして、黒髪で死んだ目をした男子を異世界に送ったりしているのかな!?」


「ええっと……。さあ、どうかなあ……あはは……」


 女神様は苦笑いでなんとか異常者の尋問を躱そうとするが、そんなものは今や好奇心の暴走機関車と化した部長には通用しない。

「やっぱりそうなんだ!」と部長はお年玉の中身が一万円札であった小学生のように発狂する。女神様はやばいものと関わってしまったことを悟ったのか、ぐったりと肩を落とす。先ほどまでの神々しいオーラはすっかり消え失せていた。


「女神様、お願いがあります。ボクを異世界へ送ってはくれないだろうか!!」


「ちょっと!?部長!?」


 次に驚いたのは俺だ。異世界に送ってくれだなんてそんな馬鹿げたこと……、いやこの状況ならもしかして……。しかし、どちらにせよ俺は部長を行かせるつもりはない。もし俺だけ元の世界へ戻れば、行方不明の女子高生と最後に会った人物として警察に目を付けられるのは明らかだからだ。理由はそれだけだ。


 だが、部長の悲願は女神の一言によって打ち砕かれた。


「それは無理。向こうに行ける人間は私たちの審査で厳正に選ばれた人だけよ」


「え……」


 部長の表情が固まった。


「……じゃあ、ボクにもその審査を受けさせてくれないか」


「それも無理。誰でも受けられるものじゃないの」


「……じゃあ、せめて審査を受ける方法だけでも……」


「だから!無理なんだってば!!」


 語気の強い、本気の拒絶だった。

 部長の顔からはすっかり笑顔が消え失せている。


「あなた達、早く元の場所へ戻りなさい。そして二度と、異世界に関わろうとしないで」


 女神様の冷たい言葉がしばしの沈黙を生み出した。

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