第12話 何の生産性もない夜話

「へえ~、喋るウサギにドラゴンねえ~」


「真面目に聞いてくださいよ……」


 部長の話を聞いてから少し時間は進み、同日深夜。

 今夜も当たり前のように俺の自宅へやってきたアユリス様(ジャージバージョン)に部長の過去を話したのだが、彼女は俺が出したスナック菓子を貪りながら、台座の上にある15インチのテレビを眺めている。

 問題の当事者はあんたなのだから、もう少し熱心な態度を取るべきだと思うのだが。


「……それで、アユリス様はどう思います?部長の話、本当だと思いますか?」


 俺が尋ねると、アユリス様は菓子を掴む手を止め、少し考えるようなそぶりを見せた。


「うーん、そうねえ……。さっき話に出てた光る石っていうのは今も持ってるの?」


 俺は少しだけ返答に困る。


「持ってるは持ってるらしいんですけど、もう光ることはなくなってただの石ころになってしまったらしいです」


「ふーん……」


 アユリス様は再び黙り込み、ぼーっとテレビの映像を眺めている。

 いつの間にか番組が切り替わっており、明らかな萌えアニメのオープニングが流れていた。

 この人、本当に部長をどうにかしようという気があるのか?

 今のところ俺の家でくつろいでいるだけなのだが。


「……まあ、夢の可能性が高いだろうけど、本当に異世界に連れていかれた、という線も捨てきれないわね。稀にだけど、一般人が異世界に迷い込む現象は起こりうるから」


「この前の俺たちみたいに、ですか」


「そういうこと」


 アニメのオープニングが終了したのを確認すると、アユリス様はお菓子と共に出した麦茶に口を付けた。

 そして、小さく「薄っ」と呟いたのを俺は聞き逃さない。

 悪かったな。麦茶の味が薄くて。


「でも、小さい頃にあった夢か現実化も分からないような出来事に今も執着してるなんて、かなり異常よね。ただ異世界に行きたいというよりも、もっと別の問題があるような気がするわ……」


「別の問題ってなんですか?」


「さあね。それが分かったら苦労しないわよ」


 なんというか……。いちいち当事者意識に欠ける物言いだな。

 まあ、それだけ緊急性が薄いと考えれば悪いことではないのかもしれないけれど。


「……そういえばアユリス様。今夜も部長は女神の間に来たんですか?」


「え?ああ、来たわよ。今日は一緒にスマブラをやったわ。ネスで死ぬほどハメてくるからマジでムカつくわよ、あの子」


「女神の間って電源とかあるんすか……」


 まずい。もはや部長とアユリス様が遊んでいることにツッコまなくなった自分が恐ろしい。

 でもまあ、部長がアユリス様に執心している間は俺が楽をすることができるので、助かると言えば助かる。

 いや、こうして深夜に女神様がやってくるというのもかなり迷惑であることに変わりはないのだが……。


 再び沈黙。テレビから漏れるアニメの音声だけが室内に流れる。

 大して建設的な話もできずに俺たちの議論は煮詰まってしまった。


 ピンク髪のキャラクターによる次回予告を経てアニメは終了した。

 すると、アユリス様はゆっくりと立ち上がった。


「それじゃ、そろそろ帰るわ。あなたも早く寝ることね」


 いや、あんたのせいで寝れなかったんですけど……。

 しかし、彼女に悪びれる様子はほとんど見られない。


「桐子ちゃんについてはしばらく様子見することにしましょう。現状じゃ、彼女の意識を変える手立てが思いつかないわ」


「思いつかないというか、考えてないだけじゃないですか?」


「はあ?失礼ね。ちゃんと考えてたわよ」


 嘘つけ、と言いたかったが、とにかく今はさっさと帰ってほしいのでぐっと堪えた。

 玄関まで行くと、彼女は外に出ながら最後にこう言い残していった。


「あ、そうだ。次はオレンジジュースでも用意しといてくれない?なんか麦茶って口に合わないみたいなのよね~」


 バタン。扉の閉じる音。


 俺は、次に出す麦茶はもっと薄くしてやろうと心に決めた。

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