第18話 廃村

 果ノ山駅の前にある停留所からバスに乗り、目的地である果ノ山の入り口前にあるバス停で降車した。

 山道に足を踏み入れると、一応コンクリートで舗装はされているものの、いたる所がひび割れ、雑草がその支配権を拡大している。


 こうして豊かな緑に囲まれるというのはかなり久しぶりで、なかなか新鮮な気分だ。確かに暑いことは暑いのだが、木々が日差しを和らげてくれるし、空気も澄んでいて清々しい。

 ただ一点不愉快なのは、これからエベレスト登頂でも目指すのかというほど大きな部長のリュックを、なぜか俺が持たされていることだけだ。


 山に入ってからは携帯の地図アプリを片手に先行する部長を、俺とアビルくんが追従する形で歩みを進める。

 黙って部長に付いて行けば、また意味不明な場所に迷い込んでしまうのではないかと不安になるが、幸い山道はほぼ一本道だし、成績トップの部長なら地図ぐらいまともに読めるだろう。


 しかし、俺はそんな楽観的な考えを後悔することになる。


 それなりの時間歩き、空が少しずつ暗くなり始める。

 序盤の清々しいピクニック気分もかなり薄くなってしまった。

 もうそろそろ到着する頃合いではないかと思っていたその時、部長が「妙だな……」と、あからさまに不穏なセリフを吐いた。


「……あまり聞きたくないですけど、何が妙なんですか……?」


 恐る恐る俺が尋ねると、部長は足を止めてこちらにスマホの画面を向けた。


「見てくれ。表示される現在地が同じ場所を行ったり来たりして全然前に進まないんだ」


 画面を見ると確かに妙だった。結構な時間進んだはずなのに、地図に表示されている、現在地を示す丸いアイコンは山道の入り口の少し先で留まっていた。


「……部長、こういうのはもっと早く言ってくださいよ」


「いやあ~。一本道だし、あまり気に留める必要はないと思ったんだけどね」


「僕も気にする必要はないと思いますよ。山中ですし、電波が悪いだけでしょう。その証拠に、ほら」


 特に焦る様子もないアビルくんが進行方向の先を指さす。

 見るとコンクリートの舗装が途切れ、黄土色の土がむき出しの道に変わっている。

 これまで歩いてきたのは全てコンクリートの道だったため、地図アプリ上ではおかしな挙動を示していたものの、実際の俺たちは問題なく進行できていた、ということになる。


「ほら見ろ。問題なかったじゃないか」


 なぜか勝ち誇ったようにはにかむ部長。


「いや、おかしいって言いだしたのは部長なんですけど……。まあ問題ないならそれでいいです」


 それからまた俺たちは歩き始めた。

 すっかり辺りは暗くなり、懐中電灯で足元を照らさないと危険だ。

 生い茂る木々も、色鮮やかだった昼頃とは異なり、暗い中では少々不気味な感じがする。


 本当に廃村なんてあるのか。もしかしてどこがで道を間違えたんじゃないかと不安になり始めた時、妙な音が聞こえ始めた。


 甲高い鳥の声……?いや、それにしては規則的なメロディーがあるような……。

 いずれにしても音が遠くてよく分からないし、ただの空耳の可能性が高い。


 しかしその音は、旋律は、次第に大きくはっきりと聞こえるようになる。

 音の大きさに比例するように、俺の中の不安が増長していく。


 特に反応を示していないが、部長やアビルくんにも聞こえているのだろうか?

 ただ無言で歩を進める二人の背中を見ると、胸騒ぎが止まらない。


 とうとう抱えていた不安に耐えられなくなり、俺は「あの……!」と話を切り出そうとした。

 切り出そうとして、そこで言葉に詰まる。


 道の両側を覆っていた木々が失せ、視界が晴れる。

 道の続く先は窪地になっており、そこには間違いない、村があったのだ。


 けれどそれは俺たちが目指していた廃村ではない。

 たくさんの赤い提灯が村全体を照らし、浴衣を着た多くの人々が街路を行き来している。道の両サイドには屋台のようなものも見受けられる。


 この光景を見てようやっと、さっきから聞こえていた音の正体が分かった。

 祭囃子の音だ。夏祭りの時なんかによく流れている、軽快な笛の音がくっきりと響いていたのだ。


「……ここがボクたちが目指していた廃村、旧常盤村ときわむらだよ」


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