宝物庫での再会



 鑑定の終わりを告げる従僕の声が聞こえて、ハッと我に返った私はパッと手を離した。


 今、完全に少女漫画の世界に入っていた。しかもよりによって、アルバート様を相手取ってのアオハルだ。

 身の程知らずにも程がある。この壁の花系小娘めが……。


 恥ずかしさに舌を噛み切りたい気持ちを堪えていると、唐突に殿下が私に目を向けて、「ヴィオラ嬢も宝物庫の中に入ってみないか?」と言った。


 どうやら持ってきた絵が、このまま王城の宝物庫に運ばれるらしい。宝物庫を開ける機会は滅多にないので、一緒に行かないかというお誘いだった。


「いいんですか!?」


 思わず目を輝かせると、殿下は「もちろんだ」と頷いた。


「ヴィオラ嬢にはたくさん借りがあるからな」


 絵の持ち主はアルバート様だし、私個人に限ってはむしろ借りっぱなしだと思うのだけど、なんと心優しい王太子様なのだろう。


「嬉しいです! すごい! すごいですよね、旦那様!」

「……そうだな」


 先ほどの羞恥も忘れて浮かれだす私と対照的に、アルバート様はどことなくしょんぼりして見えた。どうしたのだろうかと顔をまじまじ見ると、「私も初めてだ」とぎこちなく笑う。


「初めて! 一緒ですね。二人で見られて良かったです!」


 アルバート様なら見ようと思えば見る機会がありそうだけれど、きっと私にはもうそんな機会ないもんね。


「……ああ、良かった」


そう言ってアルバート様が、ちょっとだけ微笑んだ。



 ◇



 わくわくとした気持ちで足を踏み入れたそこは予想以上に素晴らしい場所だった。


 まず、すごく広い。広い空間にお宝が詰まっている。


 右を見ても左を見てもキラキラキラキラ。冗談みたいな大きさの宝石がついた王冠やアクセサリーや用途不明の素敵なものたちが、一つ一つ大切に飾られている。

 キラキラと言うよりピッカピカのビッカビカだ。


 そして壁には美術館のように絵がたくさん飾られている。

 見たことがない絵ばかりだけれど、多分すごい絵なのだろう。


「自由に見てくれ。何か好きなものがあれば、一つ持って帰ってもいい」


 そんなとんでもな太っ腹なことを言い出した殿下は、ルラヴィ様と一緒にゆっくりと絵を見ている。

 私には聞き取ることすら難しい作者名やタイトルやこめられたストーリーを話しながら感嘆している。教養がすごい。


 芸術は全てフィーリングで感じるしかない無教養な私は憧れの眼差しで二人を見ながら、アルバート様と一緒に見て回った。


 そして部屋の隅に、飾られることはなく壁に立てかけられた――それも何故か布をかけられた小さな絵を見つけた。


「……?」


 普段なら怖いから、絶対にスルーするけれど。

 だけど今回は隠されているような絵が気になって、絵に触れないようにそうっと、かけられた布を取った。



 若く美しい女性の、肖像画だった。


 さらりとした銀髪に、冬の海のような青い瞳。

 怖いほど整った美しい顔立ちをしているその女性は、柔らかく微笑んでこちらに視線を送っていた。


 色彩も顔立ちも、とても見覚えがある。

 肖像画の女性はアルバート様によく似ていた。



 横にいるアルバート様を見つめると、彼は真っ直ぐにその絵を見ていた。


 食い入るように絵を見つめる彼の表情は、今まで見たことがないような顔をしていた。

 どうしても会いたい人に会えたような、絶対に会いたくない人に会ってしまったような。



「……アルバート」


 いつの間にか近くにやってきた殿下が、アルバート様に静かな声をかけた。

 その絵からは目を離さず、妙に静かな声でアルバート様は口を開いた。


「残しておいてくださった、のですね」

「ああ」


 私は二人の会話を聞きながら、その肖像画に視線を向けた。



 ――アルバート様に対して、たくさんある疑問の中でも特に不思議だったことがある。


 殿下が語る思い出話の中の夫人は、アルバート様のことをとても愛してらっしゃるようだった。そして殿下が思い出話の中でアルバート様のお母様のお話をする時は、隠しきれない憧憬が含まれていた。


 もう戻らないひとを、懐かしむような口調で。



「……ヴィオラ」

「はっ、はい」


 急に名前を呼ばれて、思わず背筋を伸ばす。アルバート様のお顔を見ると、彼は何かを諦めたようなすっきりした顔で口を開いた。


「これは、私の母だ」


 何も言えずに頷くと、アルバート様はこちらが切なくなるくらい優しく笑った。


「私が五歳の頃に亡くなった。母上――公爵夫人が狂ったのは、それからだ」


 は、と短く息を吐いて「君に言えなかったことを、今話したい」と言うアルバート様に、しっかりと頷く。



 そうしてアルバート様が話し始めたのは、想像以上にむごい公爵様の行いだった。



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