ダンスを教える王子様
「それはちょっと……」
「悪いが、断る」
アルバート様と同時に声が重なって、目が合った。
「……旦那様。なぜお断りなさるのですか」
自分のことを棚に上げまくってなんだけれど、断られるとちょっとムッとしてしまうのが人間である。
しかしアルバート様は特に何も気にしていないようで、こちらを見もせず事もなげに口を開いた。
「今君も嫌と言ったろう」
「嫌とまでは言ってません」
本当は普通に嫌だ。
私のど下手なダンスをこの美しい仏頂面にただだだ無言で見られる絵面を想像してほしい。こんなにシュールで屈辱的な絵面は無いと思う。
「だが何も問題はないだろう。それに実際私よりもハーマンの方が、ダンスは上手な筈だ」
「え? そうなんですか?」
「私はダンスの手解きを受けていたが、舞踏会など人前で踊ったことはない。結婚した以上、王城の舞踏会ではダンスは避けられないだろうが……」
「…………」
一気に不安になってきた。
こんなシャンデリアを浴びるために生まれてきたでござい、みたいな顔をしてダンスを踊ったことがないとは全くもって予想外だ。
いざとなれば本番はプロであるアルバート様の動きに適当に身を任せておこうと思っていたのに、これでは大惨事になるのでは……?
「アルバート様。ならばなおのこと練習が必要です」
ハーマンが優しげに、しかしきっぱりと助言した。
「ダンスは男性の力量がとても大切です。ヴィオラ様のためにも、是非とも練習して頂きませんと」
「練習はしよう。しかし慣れない者同士が二人で練習をしても大した成果は出ないだろう。別々に指南してくれ」
「私にも仕事がございますので、お二人分の時間を捻出するのは……。かといって外部の方に今更アルバート様の講師をお願いするのも外聞がよくありません。お二人が一緒に踊り、恐れながら私が指南させて頂くことが一番効率的かつ、効果のある方法かと」
確かに私とアルバート様の二人が別々にハーマンに指導をお願いしたら、ハーマンは大変だろうと思う。
だけどなあ……私とどっこいどっこいのダンスが下手な仏頂面に無言で眺められるシチュエーションは、多分想像の五倍くらいは腹が立つに違いない。
最初くらいは上手な人に教えてもらいたいし……。
外聞の悪さを気にしなくても良くて、ダンスが上手で場慣れしている人が他にいたらなあ。
そう思った時浮かんできたのは、ある男の人の顔だった。
◇
「まさかこの私を教師役として呼ぶとはな!」
小鳥がピチピチと鳴く清々しい朝。昨日の今日。
晴れやかな笑顔でやってきたエセルバート殿下に、アルバート様が困惑を隠しきれない面持ちで口を開いた。
「殿下、何故ここに? 教師役とは……」
「お前の妻に呼ばれたのだ。ダンスを教えろと」
「は?」
驚いて振り返るアルバート様に、私は少し……内心かなりほくそ笑みながら殿下に頭を下げた。
横で控えているハーマンが「本当に来たのか……」みたいな顔をしている。
「まさか昨夜の今日で来てくださるとは思いませんでした。ありがとうございます!」
「先日は世話になったしな。仕方あるまい」
そう笑う王太子様は、心なしかうきうきとしている。
忙しそうなのに申し訳ないなあと思っていたけれど、意外と王太子って割と自由な超ホワイトな職なのかしら。
「それよりヴィオラ嬢。一週間見ない間に、随分と綺麗になったではないか」
「! わかりますか!?」
「ここまで変わって気づかない奴はおるまいよ。いたら相当目が節穴だ」
気づかないままナチュラルに幼馴染を罵倒した殿下は、「それではさっさと取り掛かろう」と手を叩いた。
「私がヴィオラ嬢の相手役を務めればよいか? それとも、二人が踊っているところを指南すれば……」
「いえ、殿下には女性役として旦那様のお相手をお願いしたいのです!」
「……私が女性役を?」
「はい! 私はハーマンに教えてもらいますので、殿下は旦那様をお願いします!」
一瞬、場が静まり返る。
その静寂を破るかのように殿下がお腹を抱えて大笑いした。
「よ、よしアルバート。私が完璧な女性として……ハハッ、まずはエスコートされてやろう」
「……………………」
目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、まだ笑いが抜けない殿下をアルバート様が半ば呆然と見ている。
「じゃあ、ハーマン。私たちも踊りましょうか!」
「か……かしこまりました……」
こちらも呆然としていたハーマンの腕を引く。
幼馴染といえども、やっぱり殿下自らダンスを教えるなど前代未聞なのだろう。
でも仲の良くない名ばかりの妻よりも、幼馴染と踊ったほうがアルバート様はリラックスして踊れるだろう。
私は一石で三鳥を狙う女。
私と踊りたくないアルバート様と、アルバート様と踊りたくない私と、時間のないハーマンの三人の悩みが一挙に解決する、我ながら素晴らしい解決策だと思う。
こんなに誰もがWIN-WINなんて、ちょっと褒めてくれても良いのではないかしら。
私は得意顔になって、今日の練習に臨むのだった。
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