お怒りのルラヴィ様
事の発端は、私のせいだった。
先日の私の怖がりのせいで一晩私の部屋にいる羽目になったアルバート様は、二度とこんなことが起きてはならないと考えたらしい。
図書室のホラー小説の近くにコメディ系の小説を大量に仕入れ、屋敷中の明かりを三倍に増やし、夜勤も可能な女性の騎士を数人雇い入れた。
「君がこの屋敷にいる間は怖がらずに済むように、他にあった方が良いものはあるか?」
そう真剣な眼差しを見せるアルバート様に、私は穴を掘って頭の先まで埋まりたくなった。これほど恥ずかしいことがあるだろうか。
二度とホラー小説は読まないので、是非とも許してもらいたい……と思ったけれど。ふとあることを思い出した私は良い機会かもと恐る恐る気になっていたことを口に出した。
「宝物庫の中の絵を、どこか別邸に移したりとかは……」
「……君はこの屋敷にあれがあると、怖いか?」
ちょっと躊躇って、曖昧に頷く。本当は近づかなければ怖くはないのだけれど。
最初はこじれた趣味だなあ、と思っていたあのおどろおどろしい絵画たち。
しかし今思い返すと情緒を失ったアルバート様に、趣味などなかった筈で。
それをわざわざ残して飾っていた理由を考えてみたけれど……考えれば考えるほど、嫌な予想しか浮かばない。
私の予想が当たっているのなら、あれはアルバート様の住むこの公爵邸にない方が良いんじゃないかな、と、お節介ながら思ったのだ。
「旦那様の趣味なら自室に飾って頂きたいのですけれど、しまっておくのは勿体無いかなと……」
しまいこんだ分際で何を、と内心自分に突っ込む。
しかし仏のアルバート様は一瞬躊躇いを見せたものの、すぐに「手放そう」と断言した。思い切りが良すぎて驚いた。
とまあ、そんなこんなで、あの絵画たちは王家に寄贈されることとなったのだ。
「それにしてもアルバートがあの絵を手放すとは思わなかった。……なあ、ルラヴィ」
「ええ、本当に」
持ってきた絵画たちを鑑定してもらっている間、私たちは殿下のお部屋でお茶をすることにした。丁度遊びに来ていたルラヴィ様も一緒にである。
「ヴィオラ嬢があの美術品を全て宝物庫に押し込んだと聞いた時も驚いたが……ヴィオラ嬢が来て、随分良い方向へ変わったものだ」
殿下やルラヴィ様の反応からして、私の予想は当たっているのだと思う。
宝物庫にしまったままのあの絵画たちは、多分フィールディング公爵家の悲劇を描いたものなのだ。
「……それより、ヴィオラ嬢。爪の色が不思議に美しいが……それは?」
「ああ、これは私の友人のゴドウィンという髪結師が開発したマニキュアというものです」
灰色に塗った爪をよく見えるように差し出す。
「ほう……」と殿下が興味深そうに見つめ、私が差し出した指に手を伸ばした。
……のだけど、殿下が私の指に触れる前にアルバート様が私の手を取った。
「!?」
「……これは驚いた」
「ええ……」
全員が驚きにアルバート様の顔を見つめて、彼は気まずそうに目を逸らした。
「……ほら、アルバート。あの時私が言っていたこと、当たっていたでしょう?」
「……ああ」
呆れ顔のルラヴィ様に、アルバート様が若干気恥ずかしげに頷く。何が当たっていたのかものすごく気になるけれど、それ以上にこの手は……どうすれば良いのだろうか……。
そんなそわそわと一人で赤くなったり青くなったりしている私に、殿下はニコニコと生ぬるい瞳を私とアルバート様に向け、こほんと一つ咳払いをして「ゴドウィンとは確か、高名な髪結師だったな」と私に言った。
「私に紹介してくれないか。捜査で頼みたいことがある」
「かしこまりました」
全く進展の気配がないらしい捜査の言葉を聞いて、ルラヴィ様が怒り混じりのため息を吐いた。
「……あの女、狂ったふりをして相手を選んでいるところが、私は本当に大嫌いだわ」
そう吐き捨てるように言うルラヴィ様は、ずっとアルバート様を好きなふりをしていたらしい。
公爵夫人はアルバート様が誰かから愛されることも異常に嫌うので、ルラヴィ様自身がアルバート様を好きだと演技すればルラヴィ様に矛先がいくと思ったのだと。
私に嫌味を言ったのも、私が実家の両親や公爵やゴドウィンに告げ口をし、ルラヴィ様が嫉妬に狂って嫌がらせをしているのだと示したかったのだそうだ。
「私を少しでも害したら、さすがの陛下も本腰を入れて捜査をせざるを得ないと思ったのに」
「無駄な努力とは言わないが、公爵夫人がルラヴィを害することはないだろうな」
二人の会話に居た堪れない気持ちになる。
思わず握られたままの手をきゅっと握り返すと、アルバート様がハッとこちらを見た気配がした。
「……」
さすがに顔は見れずに逸らしていると、握り返した手を、アルバート様がまた少し力を込めて握った。
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