公爵夫人の再来
アルバート様は私を恩人だと思っているらしい。
それを知った私はなるほどなあと、アルバート様の一連の行動に妙に納得した。
毎日近くにいては役に立とうとする行動に加えて、先日、王城の宝物庫に行った後。あれから、不思議な贈り物が増えたなあとも思ってたのだ。
例えば冬だというのに、私のお部屋がお花で埋め尽くされたり(多すぎるのでやめてもらった)。
アルバート様お手製の紅茶のマフィンやハンバーグ等々が、日々一ダース、いや一グロス差し出されたり(飽きるのでやめてもらった)。
漬物石のような大きな石――貴重な宝石の原石らしいけど見た目は単なる黒い石――をもらったり(飾っておこうと思ったら、パメラとハーマンが無言でどこかへ持って行ってしまった)。
私も私で浮き足立っていたので、それらの行動を「まあアルバート様だものね」とあまり深く考えてはいなかったのだけど、あれはきっと、彼なりの恩返しだったのだ。なんて心が清らかなんだろう。
つくづく、初めて好きになった人がアルバート様で良かったと思う。
……だから私はもっとアルバート様を幸せにするお手伝いをしなければ。だってもう、お別れの時も近いのだから。
そう思った私は、アルバート様と一緒にお茶を飲む時間に、さりげなさを装って昨日聞きたてのルラヴィ様の情報を伝えることにした。
「旦那様、ルラヴィ様は赤が好きなんですって! 贈り物は赤で決まりですね!」
「ルラヴィ様の好きな男性のタイプは君なら太ってもかわいいよって言ってくれるような人なんですって! 褒め言葉に弱いのかもしれません!」
私の言葉に、アルバート様は「そうか」ととても良い笑顔を見せる。当然だ。今一番気になっていたことだろうから。
しかし恋に溺れていても、気遣いを忘れないのが最近のアルバート様だ。
頷いた後に「君は?」と私を立てることも忘れない。
「色はなんでも好きですけど、最近は寒色系が好きですかね……好きな男性のタイプは、優しくて一途で不器用で……」
「優しくて一途で不器用……」
アルバート様の復唱にハッとする。これではアルバート様のことを言ってるも同然だ。
私に謎に恩義を感じているアルバート様が、泣く泣く私に身を捧げかねない。
「……だけど何より、私のことを大好きな人がいいですね!」
慌てて私がそう言うと、アルバート様が一瞬沈黙して。
それと同時に部屋の外から険しい声や慌ただしい音が聞こえて、扉が乱暴に開けられる。
「アルバート……!」
そこにいたのは、瞳に憎しみの色を燃やしている公爵夫人の姿があった。
アルバート様が、私を庇うように前に立つ。
「……予想より早いお越しに驚きました」
以前はどこか怯えた様子だったアルバート様が淡々と言い放つ。
その口調は冷ややかで少し怒りが滲んでいて、以前のアルバート様とは別人のようだ。
公爵夫人も驚いたように一瞬たじろぎ、すぐに蔑むような微笑を浮かべた。
「私がここに来ると知っていたなら、王家から見捨てられたことも知っているでしょうに。ずいぶんと偉そうな態度だこと」
そう言ってひら、と手に持った紙を揺らすと、王家の印がはっきりと見えた。
現国王陛下の名において、公爵邸で起きた全てのことを不問に処すと記されている、あの書状だ。
「私を捕まえようと、殿下と裏で画策していたことは知っているわ。だけど殿下には力がなく、陛下は……孫とはいえ奴隷の血をひくあなたよりも、よっぽどお金が好きなようーーああ、ヴィオラさんはアルバートが奴隷の血を引いていることを知らなかったかしら? 知っていたら、ここにはいないわよね」
「……知っていますし、何の問題もありません」
公爵夫人を睨みながらそう言うと、彼女は「……ローズマリーの言う通りね」と吐き捨てるように言った。
「折角私が、教育してあげたのに」
夫人が、憎しみのこもった暗い瞳でアルバート様を睨みつけた。
「あれだけ人を愛するなと、人を不幸にするなと言ったのに。呪われた身の程知らずの子どもが、よく……ッ、!?」
「なんてことを言うんですか……!」
夫人の言葉に我慢できず、私はアルバート様の前に躍り出て手近のシュガーポットの中身だけを夫人に向かってぶちまけた。本当は、ありったけの塩をかけてやりたかった。
「悪いのは全て公爵様なのに、何の罪もない旦那様を虐げて、大切なものを全て奪って侮辱して! 旦那様を傷つけるためだけに、いろんな人を傷つけて! 今人を不幸に陥れているのはあなたもじゃないですか!」
「何を……!」
私の言葉に、顔を真っ赤にさせた夫人が手を振り上げる。叩かれる、と思って反射的に目を瞑ったけれど、衝撃はこない。
そろそろと目を開けると、アルバート様がまた私の前に立ち、振り下ろそうとした夫人の手首を掴んでいた。
「アルバート、お前……!」
「……母上。私は今まで、あなたに申し訳ないと思って生きてきました」
アルバート様が、夫人の目を見据えて静かに言う。
「私が生まれたことで、あなたを不幸にしてしまった。それは今でも申し訳ないと思う気持ちがあります」
「なら――」
「しかしあなたは。私を苦しめるために、罪のない使用人をいたぶり、光を奪い、そしてヴィオラを殺そうとした。――その報いを、あなたは受けなければならない」
「――アルバートの言う通りです」
突然、殿下の声がした。
十数人の騎士を引き連れてやってきていた彼はにこやかに笑って、絶句している公爵夫人に目を向け、「狡猾かと思っていたが、ずいぶん浅はかで助かりました」と言った。
「ヴィオラ夫人がやってきて、アルバートが変わったことが許せなかったのでしょうか? ずいぶんと仕事が荒くなりましたね」
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