美の伝道師
翌日に、私は懐かしい顔を呼び寄せた。
艶々した黒髪に、紫の瞳。流行の服を着こなす、背の高い端正な顔立ちの男性が私の姿を見るなり笑顔を浮かべて、「ヴィオぴ!」と手を挙げた。
「久しぶり! 会いたかったわ!」
「ゴドウィン! 久しぶり!」
久しぶりの再会にお互いテンションが上がってハイタッチをした。
「何年ぶり? ヴィオぴったら最近全然呼んでくれないんだもの、薄情なんだから」
そう彼は不満そうに口を尖らせるけれども、今の売れっ子である彼を呼べるほどグレンヴィルは裕福じゃない。
このオネエ言葉の美しい男性は、ゴドウィン・ラブリー。
頭のてっぺんから足の先まで隙のない美意識の鬼である彼は、前世風に言うとヘアメイクアップアーティストだ。
美に関することなら何でもござれの知識と腕前、それから人目を引く容姿とキャラクターで多くの貴婦人を魅了して、高額な料金を毟り取る王都で一番の売れっ子である。
今から五年ほど前、私が十三歳だった頃。当時売れない髪結師だった彼は、一年ほど我がグレンヴィル伯爵家の専属髪結師だったのだ。
「……ってそんなこと言って、結婚式は綺麗にしてあげられなくってほんとにごめんなさいね……。さすがのアタシも王妃様に指名されたら断れなくって」
「それはむしろ断られる方が怖いやつ……」
王妃様までゴドウィンを……。
昔馴染みの出世ぶりに気後れしつつ、私はゴドウィンを見てちょっとだけ目を輝かせているローズマリーと、全く表情を崩さないパメラを紹介した。
「今日ゴドウィンに頼みたいのは、この二人の……できれば他の侍女たちも、の変身なの」
「侍女を?」
一瞬驚いた表情を見せたゴドウィンは、二人をじいっと見たあとに、私を見てニヤリと笑った。
「……なるほど、わかったわ。アタシに全部任せてちょうだい」
そう言ってウインクするゴドウィンに、ローズマリーとパメラがほんの少しだけたじろいだ。
◇
この公爵家において、私は完全にアウェイである。
といっても、嫁ぐ前に覚悟していた「伯爵家如きが公爵家に嫁いで来るなんて……!」みたいなイビリは微塵もない。
彼女たちはビジネスライクで、顔に出さずに仕事をテキパキこなしている。むしろ私を見る眼差しに、時折不憫な生き物を見るかのような色が宿る。完全に憐れまれている。
しかし私は、初夜のその日に主人に暴言を吐き枕を投げつけた女。
おまけに翌日も食卓でひねりのない嫌味をぶん投げ、主人の居ない間に彼の趣味である美術品を全て仕舞い込み、美術品やら何やらを爆買いし、庭園さえも全て自分色に染め上げようとしてるのだ。
万が一夫に忠誠を誓う人間がいたら、内心めちゃくちゃヘイトを溜めてるんじゃないだろうか。
夫にはいくら嫌われてもいいけれど、夫よりもよっぽど近い距離で接してくれるこの屋敷の使用人たちとは、なるべく仲良くなっていきたいと思う。だって一緒に暮らす人に嫌われてたら悲しいじゃないですか……。
なので私は、心優しき女主人を演じて使用人たちと仲良くなろうと決めた。
今日はその第一歩。名付けて「ヴィオラ様、意外といい奴だよ」と思ってもらおう大作戦だ。
とはいえゴドウィンを呼んだのは、別にごますりだけのためじゃない。
このフィールディング公爵家の侍女たちは、高位貴族の侍女には珍しくあまり化粧気がないからだ。
お化粧やおしゃれに興味のない女性はたくさんいると思うけれど、それでもそこそこの侍女がいるこの公爵家で、侍女たち全員化粧気がないというのは、やっぱり拗らせている主人のせいではなかろうか。
私は前世、おしゃれすることに憧れていたけれど、入院中はマニキュアやメイクは一切できず、着たいお洋服もパジャマだけ。
母や看護師さんの迷惑にならないようにと髪を伸ばすことも諦めていて、ちょっとだけ悲しかった。
せっかく健康に生まれたのに、おしゃれし辛い環境なんて勿体ない。
ということで、ゴドウィンを呼んだのは彼女たちがおしゃれしやすい環境を生むきっかけ作り。
私にしては、なかなか良い作戦だと思う。
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