褒め上手からの贈り物
「この綺麗な額は神に感謝したほうがいいわよあなた。ほら、ここでこの後れ毛を出すの。香るような色気があるけど軽やかで、あなたの雰囲気にぴったりでしょう?」
ゴドウィンがそう言ってローズマリーのメイクを終え、仕上がった彼女の姿に私は歓声を上げた。
けして濃くはないお化粧だし、元々美人なローズマリーだけれど端的に美女。美女である。
ローズマリーは手鏡で自分の顔を見つめ、「プロの方って、本当にすごいんですねえ……!」と嬉しそうに微笑んだ。
「パメラさんもやってもらったらいいんじゃないですか? 勿体ないですよ! ゴドウィン・ラブリーにやってもらう機会なんてもう絶対にないですから!」
「いえ、私はお気持ちだけで」
「ええー、勿体ない……」
「やりたい人だけがやればいいのよ、ねえパメラ。じゃあ他にやりたい人がいたら呼んできてくれるかしら?」
慌てて私が口を挟むと、パメラは目を伏せて頷いた。
ちょっと断り辛い空気だったかもしれないと反省する。次からはもっと圧のない空気を作らなければ。
◇
「さすがにくたびれたわ……」
「ありがとう、ゴドウィン……!」
パメラが温かなお茶と、貴重な甘いチョコレートを出してくれた。
それをちびちび食べて英気を養っているゴドウィンは、結局今日侍女を含め三十人ほどの使用人たちに化粧をし、髪を結ってくれたのだ。
しかも結婚式に行けなかったお詫びとして、料金は全額免除と言ってくれたのだ。三度の飯よりお金が好きと豪語する彼がそんなことを言うなんて、明日は空から大砲が降ってくるかもしれない。
「まあ、だからまた呼んでちょうだいよね。こんなに気安く喋ってるけど、貴族のお家にはいくらアタシでも呼ばれなきゃいけないのよ」
ちょっと照れた顔でそう微笑むゴドウィンはイケメンだ。オネエ言葉だけれど、彼は身も心もれっきとした男性だ。
「あなた玉の輿に乗ったラッキーガールかと思いきや、新婚早々夫が屋敷を留守にした薄幸の美人妻として有名になってるじゃない。……意外と元気そうでビビったけど、それでもそこそこ傷ついたでしょ。話くらいなら聞けるから……」
「薄幸の美人妻……!」
激怒はしてもこれっぽっちも傷ついていない私は、ゴドウィンの心配にちょっと和みつつも『美人妻』という馴染んだことのないワードに少しだけ嬉しくなった。『薄幸の』という枕詞も美人そうでなんか嬉しい。
「……杞憂だったようね」
「傷ついてはないかしら……」
あの時は激怒したけど、むしろ全く信頼のない初っ端から人としてどうかと思うところを見せられてラッキーだったかもしれない。
「まあそれならいいんだけど……」
ゴドウィンが、控えているパメラをちらりと見ながら歯切れ悪く呟いた。多分、公爵邸の使用人の前でアルバート様の悪口を言うのは憚られるのだろう。もしいなかったら、多分ボロクソに文句を言ってること間違いなしだ。彼は空気が読める男なのだ。
「……ま、ヴィオぴなら大丈夫よ。あなた、人を幸せにする能力があるものね」
「それはゴドウィンの方でしょう? 褒め上手だもの」
ゴドウィンの褒めっぷりはすごい。さっきも大人数のメイクをさばきながら一人一人の顔を見て、
「何食べたらこんなに綺麗な肌になるのかしら。ちょっとクリーム塗っただけでほら、気品!」
「あなた、その睫毛の長さとカールのニュアンスが最高よ。そのニュアンスを活かすために、目の端を光らせて陰影を作って……」
と自己肯定感爆上がりの褒め言葉を投げかけていた。あんな褒められ方をしたら、そりゃあ売れっ子になるだろうなと思う。しかも腕前もいいんだもの。
「まあ、確かにアタシは人の長所を見つける名人なんだけど……それは全部、あなたが教えてくれたんだけどね」
ゴドウィンは私の言葉に苦笑しつつ頷いて「とりあえずヴィオラには幸せになってほしいのよ」と言った。
◇
「これあげるわ」
帰り際、真っ黒のシックなコートに身を包んだゴドウィンが私の手のひらに小さな袋を置いた。
中を覗くと小瓶が二つ入っていた。とろりとした淡いピンクと、淡い灰色の液体が入っている。灰色は私の瞳と同じ色だ。
「前にあなた、爪に色をつけられたらいいって言ってたでしょ? 作ったのよ、試作品」
「えっ」
手の中をまじまじと見る。この世界にマニキュアがないと知って、確かに「爪に色を塗ったらかわいいと思うのにな」とぼやいたことがある。
「そのアイディア、絶対売れるわと思って死にもの狂いで作ったのよ。間違いなく金になるわ。その試作品はアイディア代ってことでヴィオぴにあげる」
「……! ありがとう!」
ピンクはともかく、灰色のマニキュアなんて全く売れそうにない色をわざわざ……。
苦労したであろうそれに嬉しくなってお礼を言うと、ちょっとだけ微笑んだゴドウィンが、小さく手を振り帰って行った。
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