理想の男性



 庭園に立つと、秋の空気は火照った頰にひんやりと心地よい。

 花壇に咲く花々が風にそよりと揺れる爽やかな光景の中、私は朝からせっせとハリーからもらった大量の落ち葉の色分けをしていた。集めて燃やそうとしていたところを、どうせ燃やすものならばともらったものだ。


 この落ち葉は、あの触れてはいけない雑木林からハリーが掃除のために集めてきたものらしい。一瞬あの謎の場所か……と躊躇ったけれど、今まで十数年もあそこで集めた落ち葉をガンガン捨てては燃やしてきたハリーがピンピンしてるので、きっと呪われることはないだろう。


 黄色、赤、黒、オレンジ。


 大まかに分けたあと、そこから更に色分けをする。同じ黄色でも薄い黄色や濃い黄色と、意外とバリエーション豊富なのだ。



「ヴィオラ様、これは一体何を……?」


 ローズマリーも落ち葉を分ける手伝いをしながら、困惑した顔をする。パメラは全く表情を動かさないけれど、疑問ではあるのだろう。ローズマリーの問いに同意するように私の顔を見た。


「こうして落ち葉で形を造っていくの」


 そう言って黄色の落ち葉で大きな星の形を作り、その隣にゆるやかな波線を作る。サクッと作った流れ星に、ローズマリーが「わあ」と声を上げ、パメラがちょっとだけ目を見開いた。


 この落ち葉アート、前世からずうっとやってみたいことだったのだ。


 グレンヴィルのお母様は、淑女が庭で遊ぶなんてとんでもないという教育方針を持っていた。それでも母の居ぬ間にと土いじりや体力作りはよくしてきたけれど、落ち葉アートは難しかった。


 なんせ風が吹くたびに全てがおじゃんになってしまう、常に無常と隣り合わせのアートなのだ。

 ゆえに時間がかかるためなかなか取り組めずにいたけれど、この公爵家なら私を止めるものはいない。ビバ自由。そしてこれ、思ったよりもなかなか楽しい。


 そうして三人でしばらく無心で落ち葉を並べていると、ふと顔を上げたタイミングで離れた場所にアルバート様がいて、馬車に乗り込もうとしている姿が見えた。

 珍しく真っ白な正装に身を包み、いつもの三倍増しとなった美貌をキラキラと、惜しげもなく輝かせている。


 そういえば今日、王城に行くって言ってたっけ……。


 悔しい事に似合いすぎる正装を見つめて眼福を得ていると、急にこちらを見た彼とばっちり目が合った。

 仏頂面で会釈をして目線を落とす。先日の食事の際の辱めで、私はいまだに傷心中なのだ。あんな恥ずかしいことこの世にある?


 そのまま彼はいつもの黒塗りの馬車に乗り込んで、ゆっくりと王城へと向かっていった。




 ◇




「できたわ……!」



 昼食もそこそこに、三者三様に作り上げた傑作を満足気に見下ろした。

 ローズマリーが口元に手を当てて「わあ……!」と言い、パメラがパチパチと拍手をしている。


 お題は、『理想の男性像』である。



「私は、黒髪で背が高くて瞳は紫で……ちょっと癖はあるけど美意識が高い男性が好きで……」とローズマリーは言い、黒髪の男性がビシっと手をあげている落ち葉アートを作り上げていた。具体的だしその男性像、なんかすごく心当たりがある。



「私は、好みの男性像が特になくて……小さい頃に好きだった犬のシンバを作りました。一応オスなので……」


 ちょっとだけ恥ずかしそうにパメラが指したのは、舌を出して笑うゴールデンレトリバーのような大型犬の落ち葉アートだった。


 パメラ……かわいいな……。


 うっかり癒されながらほんわかしていると、ローズマリーが私の作った傑作の男性像を指さして、「ヴィオラ様の絵は、アルバート様ですか?」と小首を傾げた。全力で首を振る。


「違う違う、ほら見て、優しそうでしょう? これは私の理想の王子様」


 私が落ち葉で作り上げたのは、優しく微笑む麗しい美男子だった。

 薄い黄色で作った髪の毛は、確かに無理矢理こじつければ銀髪に見える……かな?

 まあ髪の色などどうでも良い。大事なのは設定なのだ。


「私の理想は優しくて一途でちょっと不器用だけど、誕生日には花とか贈ってくれる人なのよね……」


 昔から、と言うより前世から、私はそういうヒーローが出てくる恋愛小説が大好きだった。

 人妻になった今、悲しい事にそんな人と恋愛をする機会は失ってしまった。

 しかし二度あることは三度ある。きっと来世も生まれ変われると思うので、次はそういう人と恋愛させてください神様。



「やあ、ヴィオラ嬢。……これは見事だな」


 きゃっきゃと三人で話をしていると、不意に後ろから聞き覚えのない声をかけられた。



「?……旦那様、と……?」


 振り向くとやや困ったような顔をしているアルバート様と、炎のような見事な赤毛を短く整えた精悍な顔立ちの美青年が、そこに立っていた。



 ……えーと。なんだかすごく、見覚えがあるような気がするのですが……。



「あの……もしかして……」


 私が恐る恐るアルバート様を見ると、彼は眉根を寄せたまま頷いて、口を開いた。


「……この国の王太子である、エセルバート殿下だ」

「突然押しかけてすまないな」



 ニコニコと微笑むエセルバート殿下の瞳はちっとも笑っていない。

 獲物を狙う鷹のような鋭い眼差しに捕らえられ、私は心の中で念仏を唱えた。



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