舞踏会の招待状

 



「王城の舞踏会!?」

「ああ。エセルバート殿下より招待状が届いた」


 王太子の襲来より一週間。

 あれが嘘のように平穏な日々を送っている私に、朝食の席で渡されたのは王家の印璽で封蝋が施された封筒だ。


「本来ならば公爵夫妻である私の両親も行かなければならないが――父の体調もあり、今回は私たちが公爵夫妻の代理として出席することになっている」

「ということは、私と旦那様が一緒に出席するということですか?」

「……そうだ。殿下や母からも、一緒に行くように厳命されている」

「良かったー! さすがに王城の舞踏会でも別行動と言われたら枕どころの騒ぎではすみませんでした! いくら旦那様でも、そこまでの非道はなさいませんよね、安心しました」

「…………」


 殿下とお義母様、ありがとう! パートナー同伴必須の王城の舞踏会に一人で行けと言われたら、どんな手を使ってでも連れていかなきゃいけないと思ってました!


「楽しみです……!」


 王城の舞踏会は、一度だけでも行ってみたいと常々憧れていた場所なのだ。


 毎年開かれる舞踏会は、勲功を立てた貴族や力のある有力貴族だけが参加できる。しかし私は凡庸グレンヴィル。我が家が勲功を立てたり、有力だったりということは一切無いため招待などされるわけがなく、ただただ『王城の舞踏会』という素敵ワードに私は夢を募らせていたのだった。


 王城の舞踏会……妄想するだけで、アドレナリンがバンバカバンバンバーンと噴き上がる。


 きっととんでもなく綺麗なドレスや宝石やレースたちが、王城のシャンデリアに照らされてキラキラと輝いているのだろう。さながら光の洪水のような光景に違いない。

 うっとりと思いを馳せていると、何か奇怪な生き物を見るかのような表情でこちらを見ているアルバート様と目が合った。


「何でしょう?」

「……いや、何故そんなにまた笑顔なのかと……」

「え? 綺麗なものがたくさん見れるんですよ?」


 あ、でもアルバート様は興味がないか。王城ならきっと正統派の綺麗なものばかりで、龍とか髑髏とかはないもんね。


「ええと、それなら多分美味しいお菓子も出ますよね!……あ、甘いものは苦手でしたっけ……」


 先日のルラヴィ様との会話を思い出す。アルバート様は好き嫌いがないと言っていたけれど、確かに彼が甘いものを食べている姿は見たことがないかもしれない。

 ということはこの間あげたお菓子は、もしかして捨てられてしまったのだろうか……? 


「……別に嫌いということはない」


 私が先日お菓子をあげたことをまたまた心底後悔していると、アルバート様がため息混じりに言った。


「単に日に三度の食事で栄養が取れているからだ。その上で砂糖と小麦粉の塊を摂取する意味がないから食べないだけで、必要があれば食べる」

「……?」


 どういう意図で言っているのかがわからずに、数秒考えてポンと手を打つ。


「つまり、旦那様はフルーツ派……?」

「違う。生命を健康的に維持できるものを、適切な量食べるようにしているだけだ」

「おおお……?」


 前世はAIかスーパーモデルだったのだろうか?

 アルバート様のストイックさに慄きつつ、私は二つ目のお砂糖たっぷりブリオッシュを食べたのだった。



 ◇



「……って言ってたのよ! 信じられる!?」


 先ほどから手元の紙に何かを書きつけているゴドウィンに向かって、私はアルバート様の衝撃の新事実をちょっと興奮気味に訴えた。


 舞踏会。浮かれに浮かれた私は、ドレスや髪型について相談しようとゴドウィンを呼んでいたのだ。


「言うに事欠いて、砂糖と小麦粉の塊……! それはその通りよ。栄養はゼロで、身につくものは脂肪だけ。だけどそれでもやめられないのがお菓子でしょう……!?」

「わかるわ。目の前にあったらついつい手を伸ばしたくなるのよねえ」


 頷くゴドウィンに、「でしょう!?」と千切れんばかりに首を縦に振る。


「ゴドウィンならわかってくれると思ったの! お菓子は食べたい者同士だけでわかちあうべきよね。ほら、これはマッシュが作った特製のシュークリーム。砂糖、小麦粉に合わせて生クリームとカスタードクリームまで入ってる悪魔のお菓子!」


 そう言いながら焼き上がったばかりのシュークリームが載った皿をゴドウィンに差し出すと、彼はにっこりと「美味しそうね」と頷いた。


「だけどねえ。舞踏会がある以上、あなたにもお菓子はしばらくやめてもらうわよ」

「えっ」


 ガーンと衝撃に皿を落としかける。おっと、とゴドウィンが華麗に受け取ると、側で頬を赤らめているローズマリーに「あげる」と勝手に渡し、にっこりと笑みを浮かべた。


「え? ゴドウィン、何か怒ってる?」

「あら、珍しく勘がいいじゃない。怒ってるわよ、全方位に。あなたったら何も言わないんだもの」


 ゴドウィンの手元にあるペンがミチミチと苦しげな音を出している。え? 私何の地雷踏んでた?


「アタシこう見えても、とっても情報通なの」

「ハイ」

「先日ここに、殿下とアッシュフィールド公爵令嬢がきたんですって? アルバート・フィールディング様に恋をしていると評判の」

「ハイ」

「……どうせ、何かろくでもない事を言われたんでしょう!?」

「ハ……い、いえいえ! ろ、ろくでもなくはないというか、別に何もなかったというか」

「バレバレなんだよ!」


 エスパーゴドウィンが怒っている。だけどなんで私が怒られているのか、全く解せない……。


「舞踏会は女の戦場よ。日時は今日から一ヶ月半後……。丁度良いわ。この際だからピカピカに磨き上げてあげる」


 背筋がぞーっとするような麗しい笑みを浮かべるゴドウィンは、まるで悪魔のようだ。


「頑張ってちょうだいね、ヴィオぴ。今日から一ヶ月半、ちょっと過酷かもしれないわ」


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