まさかの三角関係
「アルは相変わらず甘いものが苦手なのね」
「ルラヴィ。何度も言うが、私に好き嫌いはない」
ルラヴィ様の鈴の鳴るような声に、アルバート様の抑揚のない声。
この温度差よ。聞いてるこちらの方が風邪ひいてしまうわ。
「アルったら、無理しなくてもいいのよ。このスコーンはどう? 甘すぎないと思うけれど」
「いや、もう充分だ」
「お茶が冷えてしまったのではなくて? 私、お茶を淹れる練習をしているのよ。淹れてあげる」
「結構だ。その腕前は殿下のために披露してくれ」
無表情で塩対応の美形と、甲斐甲斐しく世話を焼く妖精を見つめているうちに、私は先ほど受けた敵意の意味に気づいてしまった。
ーーこれ、完全に恋なのでは……?
え、恋だよね? 思わず殿下をちらりと横目で見ると、彼は苦笑いをしながらやや申し訳なさそうに頷いた。
やっぱりそうか……。
なんか顔がいけすかない、みたいな理由で嫌われていたわけじゃなくて、ほっと胸を撫で下ろす。
三角関係だもの、敵意の一つや二つはこもるだろう。いや、♡の矢印が一つしかない場合も三角関係って言えるのかはわからないけど……。
とにかく私はルラヴィ様の恋敵ということになるのだろう。全てにおいて足元にも及ばなくて配役のチョイスミス感が著しいけど……。
「くしゅん」
私が悲しいことを思っていると、少し冷たい風が吹いてルラヴィ様がくしゃみをした。
「……女性に秋の空気は冷えるだろう。そろそろ帰ったほうが……」
「なんだアルバート。今日はやけに邪険にするじゃないか」
「そういうわけではありませんが……」
どストレートに帰れと促すアルバート様に、殿下が揶揄うような口調で言った。
「馬車の中も冷える。悪いが少し、屋敷でルラヴィを暖まらせてくれるか?」
「……わかりました」
アルバート様が若干ため息混じりに頷いて立ち上がる。
私もハーマンを呼んでこようと立ち上がると、殿下が私に声をかけた。
「ヴィオラ嬢は寒いだろうか? 見たところ、厚着しているようだが」
確かに冷えは健康の大敵なので、私はちょっと厚めのコートを着ていた。この場で一人だけ厚着なので、なんならむしろ暑いくらいだ。
「いえ、大丈夫ですが……」
「ならば良かった。庭園を案内してくれないか? アルバートたちは先に屋敷に入っててくれ」
「え……」
嫌なんですけど……。
思わず真顔になると、アルバート様もちょっとだけ眉根を寄せた。
「殿下、それは……」
「大丈夫、お前の大事な妻に、お前が嫌がるようなことはしないと誓うよ」
私の嫌がることもしないでほしいんですが!?
何かを言いかけたアルバート様を制し、殿下が有無を言わせぬ笑みを浮かべた。
◇
あれからも結構渋っていたアルバート様を権力で黙らせた殿下は、意外なことに紳士だった。
「私とアルバートとルラヴィはさっき言った通りに幼馴染でな。幼い頃は、みんなでよく遊んだものだ」
「仲が良かったんですねえ……」
いくら幼馴染でも、二十歳まで仲良しが続くのは珍しい気がする。
「昔の私は臆病な泣き虫でな。活発なアルバートに引っ張られ、よく助けてもらっていた」
懐かしそうに目を細める殿下からは、先ほどの処刑オーラは微塵もない。
てっきり二人になった途端、ルラヴィ様のために「アルバートと別れろ!」ターンがくるかと思ったけれど、拍子抜けなことに殿下は思い出話や植えた花木の話しかしなかった。
「これをヴィオラ嬢自ら植えただと? 令嬢が?」
「はい! 土いじりは良いですよ。体力作りと老後の趣味作りの一環にと始めましたが、意外と楽しいです」
「十八にして老後の趣味作りか……! 生き急いでいると言われたことはないか?」
「今初めて言われました! 準備万全な慎重派と言ってください」
そして殿下とは、意外と会話のリズムが合う。
押しが強いけど割といい奴じゃん。そんなことを思っていると、殿下が少しだけ真面目な顔で口を開いた。
「……悪かったな、ヴィオラ嬢」
「はい?」
「ルラヴィのことだ。あれはずっと前から、アルバートのことが特別なようでな。それでも普段は自制しているのだが……」
「ああ……」
あの二人のことをすっかり忘れてたわ……。
「彼らを二人にするのは不快だろうが、側には使用人もつくだろうし、アルバートが彼女を愛することはないから安心してほしい。仮に無人島で生涯二人で過ごしたとしても、何も起こらないだろうよ」
「それはそれでどうなんでしょうね……?」
そこまで言い切られると、真面目にアルバート様が心配だ。
もしやアルバート様は男性がお好き……? それとも厨二ゆえに人を愛せない設定が……? と私が考えこんでいると、殿下が興味深そうに顔を覗き込んだ。
「しかしあなたは不思議だな。貴金属が好きだと聞いていたが着飾るでもなく楽しそうに土にまみれ、アルバートの不義理に腹を立てて嫌がらせする。しかし彼の絵を描く健気さもあり、なのに嫉妬の欠片も見当たらない」
「嫌がらせ?」
心当たりのない言葉に目をぱちくりすると、殿下が訝しげに「先日、高名な針子に奇怪なものを作らせていたじゃないか」と片眉をあげた。
「彼女には私もよく依頼をする。先日工房に行ったらとんでもないクッションがあり、聞けばあなたのデザインで、夫に贈るものだと言う。……まさかあれがあなたの趣味で、本当に善意だとは言わないだろう? アルバートは確かに問題だらけだが……人を辱めるような嫌がらせは、よろしくない」
「あ、あれは……!」
あれを見られていた……!
まさか人様に、いや王太子殿下に見られるとは思わず私は顔を真っ赤にして首を振った。
「私の趣味では絶対ありませんけど、あれは神に誓って善意です!」
「……まさか、アルバートの趣味だとでも言うのか……!?」
「ノ、ノーコメント! ノーコメントです!」
アルバート様と幼馴染で、仲が良いだろう殿下が知らないということは、多分内緒なんだろう。アルバート様に初めてクッションを渡した時に呆然としていたのは、多分人に知られたショックもあったのかもしれないことに今気づく。
他人同然の夫でも、いや、他人同然だからこそ、知られたくない秘密は守らなければならない……!
しかし私の決意も虚しく、目を点にした殿下はたっぷり三十秒沈黙したかと思うと、急に大声で笑い出した。
「ふっ、はははっ……あのアルバートがっ!」
あああ……王都で一番のお針子さんに頼むんじゃなかった……!
アルバート様ごめんなさい……。
心の中でアルバート様に手を合わせて、私は屋敷の方へ目を向ける。
応接室のあたりが一瞬チカリと光ったように見えたのは、どうかアルバート様の正装についている金具の反射じゃなくて後ろ暗い気持ちが見せた幻影であってほしい……。
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