多分会話に罠がある

 




 ……どうして王太子殿下は、『少しでも粗相をしたら即処刑』みたいな顔で私を見ているのだろう。


 とりあえず粗相だけは避けるべく、私は内心とは裏腹に外面だけは落ち着いた笑顔を浮かべ、淑女の礼を取った。


「ようこそお越しくださいました、王太子殿下。改めまして、アルバートの妻ヴィオラでございます」


 そう言いながらドレスで隠れた足元で、先ほど描いた憧れの王子様をざざっと踏み払う。こんな妄想の産物、誰かに見られたら軽く死ぬ。


「二度目ましてだな、ヴィオラ嬢。式の時は挨拶しかできなかったから、今日はこうして無理を言って遊びに来てしまった。私もだが……従妹が君に会いたがっていてな」


 従妹? 私が小首を傾げると、殿下の後ろから華奢で小柄な美女が現れた。


 淡く長い金髪に、エメラルドのような潤んだ緑の大きな瞳。

 妖精姫と称されるこの方は、アッシュフィールド公爵家の一人娘、ルラヴィ公爵令嬢だ。


 かっ……かわいい……! 

 式や夜会の時に遠目に見たきりだったけれど、間近で見るルラヴィ様は呼び名の通り妖精だった。


「本当は私だけで行こうとしていたのだが、王城に来ていたこの従妹に見つかってしまってな」

「ルラヴィ・アッシュフィールドと申します。アルにはいつも、とっても良くして頂いていますわ」


 そう言って微笑むルラヴィ様は、殿下と同じような眼差しで私をじっと見つめた。


 あれ、なんだかこちらにも敵視されている……?




 ◇



「公爵邸に来るのは久しぶりだけれど、庭園もずいぶん雰囲気が変わりましたのね」


 ルラヴィ様がふわりと微笑むと、横にいる殿下も頷いて「やはり女主人がいると、屋敷はこうも華やかになるのだな」と庭園を見回した。


 今、私たちは庭園でお茶を飲んでいる。


 突然押しかけてきた王太子ご一行に、とりあえずお茶でも……と勧めたところ、なぜか庭園に心ひかれたらしい殿下の意向によって急遽庭園でお茶をすることになった。


 ハーマンもパメラもローズマリーもさすがは公爵家の使用人。突然やってきた王族や公爵令嬢に動じることなく、テキパキとあっという間にお茶やお菓子が用意された。頼もしいが過ぎる。


 しかし殿下によって人払いをされ、ここにいるのは私とアルバート様とその仲間たちという完全アウェイな空間となった。味方がいない……。


 せめてもの慰めは、美形三人が談笑する姿が眼福だということだろうか。


 妖精が、美形二人に囲まれて花がほころぶように笑っている……。

 あまりにも尊いその光景に思わず合掌しそうになりながら、私はこのアウェイ空間をなんとかやり過ごそうとしていた。


「この庭園はすべてヴィオラ様が変えられたのでしょう? アルがいない間お一人ですべて変えられたと聞きましたわ。嫁いできたばかりで慣れない中、夫がいないのに改装までなさるなんて、とても強いお方だなって思ってましたの」


 ルラヴィ様がそう言った後、隣のアルバート様に潤んだ瞳を向け、「もし私がヴィオラ様のように新婚の慣例を無視して屋敷を留守にされたら、夫に愛されてないんだと気づいてきっと泣いてしまうわ」と言った。


「本当にアルったらひどい人ね。ねえ、ヴィオラ様」

「ええと……」


 ひどいかひどくないかで言ったら、ひどい。


 しかし世の中には妻に「君だけを愛している」と言いつつ愛人を十人囲う男性や、意に沿わない結婚相手である妻に辛い仕打ちをする男性がいるらしい。


 アルバート様はその点期待させないスタイルで私からの信頼をゼロにしたうえで、お金も含めて十分すぎるほど自由をくれている。唯一貰えないものは愛情だけど、これは私の方からノーサンキューなので無問題。


 そう考えると、アルバート様はある意味誠実なのではないだろうか……?

 まあ強いて問題をあげるのならば社交界の私の評判だけれど、アルバート様と婚約を結んだ時点で社交界の私の評判は身の程知らずと地に墜ちていた。


 これでもしも溺愛などされたら、そのへんの木に私のわら人形が五寸釘で打ち付けられていてもおかしくないので、健康長生きのためには若干の同情を集められる今の方が良い気もする。


 何より幼馴染らしい殿下と公爵令嬢に「ひどいですよねー!」なんて言えるわけがない。

 軽口が原因で処されるなんて絶対にごめんである。高貴ジョークにうっかり引っかかるなんてマネ、私は絶対に致しません。


「……いえ。正直で大変よろしいかと思います」

「正直」

「はい。こんなに正直な方は、他にいらっしゃいませんもの」


 嘘は言っていない。

 私が絞り出したアルバート様の長所に、殿下が少し驚いた顔を見せた。


「……ここまで何も言わない奴も、なかなかいないと思うがな」


 若干呆れた顔でアルバート様を見た殿下が、すぐに私に視線を移しにこりと笑った。


「いやしかし、意外と夫婦の仲も悪くはないようでよかった。先ほど落ち葉で作っていた見事な絵は、アルバートの顔だったんだな」

「……!」

「照れるだろうが、消さずともよかったのに。いや少し安心した。夫のいないときに夫を考え絵にする妻は、少なくとも夫のことを不幸にはさせまいよ」

「……!」


 見られていた……!

 しかも一番されたくないタイプの誤解までされている……!


 しかし否定するわけにもいかず、私は笑顔を浮かべる。

 笑顔を浮かべたままで、困惑し過ぎて無表情のまま固まっているアルバート様に(誤解だから! 誤解誤解!)と心の中でテレパシーを送ったのだった。



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