【番外編】星空の下でのアンジャッシュ、裏話(ルラヴィ)




「ヴィオラにこれを贈ったのだが、パメラとハーマンに『女性への贈り物について学ぶべき』と諭されてしまって……」



 そう言って大きな黒い岩を指差ししょぼくれる男が、巷で氷の薔薇と呼ばれる貴公子などと誰が思うだろうか。


 ルラヴィは幼馴染の姿に静かに沈黙し、「とりあえず詳しく説明してちょうだい」と言った。



 ◇



 公爵夫妻を追い詰めるための準備が整った。

 最後の話し合いをするためにフィールディング公爵家にやってきたルラヴィとエセルバートは、落ち着かない様子の幼馴染に驚いた。


 どうしたのかと聞けば、ヴィオラの体調が悪く、今は眠っているのだという。


「あれは絶対に病気ではないと皆が言うが心配だ。疲れているのか、もしくは毒の後遺症だろうか……」

 

 そわそわと、今にもヴィオラの眠る部屋へと走り出したい様子だ。

 横にいるハーマンが「本当に大丈夫かと……」と何とも歯切れが悪く苦笑いをする。


「しかし先日からすぐに顔が赤くなったり、どことなく上の空なんだ。……何か悩みでもあるのだろうか」


 その言葉を聞いてルラヴィとエセルバートは同時に顔を見合わせ(なるほど……)と納得した。 


 どこからどう見ても両思いにしか見えない彼らは、双方超ド級の恋愛初心者である。おそらくヴィオラが恋心を自覚したのだろう。



 ――これが、両片思いというやつね。



 アルバートもようやく、自らの幸せを望み始めたのだ。この機を逃さず、ぜひともすぐに両思いになってほしい。


 ニヤニヤと見守りたい気持ちも多少はあるが、当事者がアルバートとヴィオラなら話は別である。不安しかない。一刻も早くどちらかが告白し、拗れる隙もなくなんとか纏まってほしい。


 ヴィオラがここに来るまで――アルバートは何にも心を揺らすことがなくて。冷えたうろのような瞳で、淡々と地獄を生きてるだけだった。


 幸せになってほしい。誰よりも。

 幼馴染に、ルラヴィは温かな眼差しを向けた。


「ハーマンが大丈夫というのなら、大丈夫よ。ヴィオラ様が眠っている間に、彼女が喜ぶこととか……そうね、何か贈り物をしたり、気持ちを伝えるためにお手紙を書いたり、そういう作戦を練りましょう」


 幼馴染の顔がまた曇る。


「そのことなのだが……」


 そう言って、何故かソファの横に置いてあった黒い岩を指差し、冒頭に戻ったのだった。



 ◇



「部屋中にあふれる花、一グロスのハンバーグやマフィン、宝石の原石といえど岩……? 冗談でしょう……?」

「そんなにダメだっただろうか……」

「ダメダメよ!」


 花までは、やりすぎにも程があるとは思うけれど理解はできる。

 一グロスの食べ物や岩はなんだ。太るし腐るし邪魔ではないか。嫌がらせの域である。


「何故原石なの? 加工すればいいじゃない。指輪にでもして告白したら良いのよ」

「こっ……! そ、それはまだダメだ。離婚ができない状態で彼女にそんなことを言ったら彼女が困るだけだろう。全てが解決し、彼女が心置きなく去れる状態になるまでは……」


 顔を赤くしたり青くしたり、照れたり沈痛だったり色んな表情を見せるアルバートに、ルラヴィは目を閉じた。歯痒い。


 幼い頃のアルバートは、なんでもそつなくこなすスマートな少年だった筈なのだが。

 こういう誠実面倒なところがあったのか。


「し、しかし……確かにいずれはきゅ、求婚をしたいと思っている。その際はルラヴィの言うように指輪にして贈りたいと、自分でも思っていたんだ。しかしデザインを考えていたところハーマンとパメラにまずは女心を学んでからにしろと言われて……」

「……ちなみにそのデザイン、私にも見せてくれる?」

「これだ」


 そうして手渡されたデザイン画に描かれたものは、最早指輪ではなかった。

 丸い輪の上に、崩れかけた塔のようなものがぐいんと上に伸びている。


「ヴィオラが好きなものをモチーフにしようと思ったのだが、なにぶん彼女は好きなものが多くて……花だけでも数十種類あるし、この世の全ての菓子も好きらしい。犬や猫、キラキラしたもの、ドレスに靴に落ち葉にレモネードに……とりあえずそれを全部用いたら、どこかしら好きな部分が見つかるのではと盛ってみたのだが」

「…………あのね、アルバート。アクセサリーは、邪魔にならないことも大事だと思うわ」

「なるほど……! 確かに」


 感心したように頷くアルバートに、ルラヴィは内心頭を抱えながら「とりあえず、デザインは宝石工房の方に任せましょう?」と圧を込めて微笑んだ。



 ◇


「……あなたの希望する宝石を扱える唯一の人よ」

「なるほど……ルラヴィ、ありがとう。君がいなければとんでもないことになるところだった……」

「本当にね」


 何となく持ってきていた、自分が使ったことのある工房のデザイン画を見せながらルラヴィは懸命に説明をした。男性が勝手にデザインしたものを贈って生まれた悲劇の数々を折り込みながらの説明に、アルバートは若干顔を青くして「全て工房に任せる」と頷いた。


 聞けばアルバートは、ヴィオラの瞳が世界で一番美しいものだと思っていて、その瞳によく似た色の宝石を探してようやく見つけたものがこの原石だったらしい。

 いじらしく、選んだ素材はセンスが良い。それが台無しにならずによかったと心底安心した。


 そこで少し悪戯心が芽生えて、ルラヴィは一人の職人の名前が記されたデザイン画をとんとん、と持っていたペンでたたきながら、声をひそめた。


「それにね、この職人は……求婚のための指輪を作ったら、将来それとお揃いのベビーリングを作ってくれるのよ」


 ガサガサっと音をたて、アルバートが手に持った冊子を落とした。

 見れば顔が真っ赤である。ここまで動揺するとは予想しておらず、思ったよりも純朴すぎて心配だ。


 そうして、間が悪いことに。


「……ヴィオラ!」


 ちょうどヴィオラがその場にいたようで、アルバートが名を呼んだ。

 見るとショックを受けたようなぎこちない表情で微笑んでいて、ルラヴィは嫌な予感で胸がいっぱいになる。


 ――これは、絶対、何か誤解している。



 悪戯心なんて起こさなければよかったと心底悔やみながら、ルラヴィはそのあと必死でヴィオラにアドバイスを送った。

 なんとなく、アドバイスは活かされないだろうと悲しい勘を働かせながら。



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